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顔 変わる いつの間にやら ジジさまに

何となくそろそろ自分を総括せねば、と思うようになり、
デジタルデータの整理を始めたところです。
そんな中で、ひとつのテーマ。

私の顔はどのように変わっていったのか・・・・。
※連れにばれたら、バカなことを!、言われること必定、ご内密に。

小さいときの写真は、ほとんどありませんで、
中学の卒業写真から1,2年前までの私の顔を切り抜いて見ました。

中学1,2年まではメガネなし、でしたが
勉強しないのに、近視になって3年の頃にメガネ顔。

face1-web.jpg

会社に入っても、しばらくは童顔?のままでしたが、
やはり45歳くらいを境にしてガラリと変わります。

face2-web.jpg

50半ばからは、ほとんど変わりません。
白髪が多くなった、ほうれい線が深く、小じわ、シミなども目立ちますが、
まぁ一般的な「加齢顔」でしょう・・・。
若いときから、床屋さんに「、あなたは禿げない」、とのお言葉を賜れど、
このところ、すっかり透けてきました。

さて、これからどうなるか・・・?

テレビに出てくる人たちの年齢とお姿をついつい見比べながら、
口には出せませんが、勝った?、とか負けた?とかつぶやいています。

先日71歳の誕生日を迎えてしまったせいでしょうねぇ~。

見てくれではなく
現状を維持することと、縮み度が増す脳の衰え防止に努めねば・・・・。
もちろん、逝くまで好奇心を失わない心の若さも保ちたい。

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Love & Peace

このブログも11年目に入っています。
タイトルを「Love & Peace」にしたのは、
当時ジョン・レノン・ ミュージアムで仕事をしていたから・・・。

ミュージアムの認知度向上の一助にも、
と当初は考えたのですが、いろいろな制約があって、
何かの商売の店長さんという想定設定で・・・。

で、閉館してからようやく館名を書けるようになりました。

もちろん、いまもたくさんの制限がありますので
私が撮ったご覧に入れたい画像とかミュージアムのエピソードは
残念ながら、私の独り占め??となってしまいます
(私が逝ってしまうまでダメかも)。

先日身辺を片付けていましたら、こんな資料が出てまいりました。

from-Toko-Ono-2007.jpg

これは彼女が
2007年にアイスランドのレイキャビックのビーズエイ島で行った
「イマジン ピース・タワー」イベント後に送られてきたものです。
カードには直筆で「Mさんへ・・・」とあります。

このイベントは
2007年10月9日、ジョンの67回目の誕生日に行なわれた光のタワー除幕式です。
毎年、10月9日(ジョンの誕生日)から12月8日(ジョンの命日)まで点灯されています。
私、この点灯式イベントに参加したのです。
成田からアイスランド・レイキャビックまで。心細かったですね。
(公式HPより)
Imagine-Peace-Tower.jpg

以下は私が撮った画像です。
レイキャビック2.jpgレイキャビック1.jpg
↑イベント終了のパーティでの私(タキシードなし?)

レイキャビック5.jpg
↑イベントに参加したリンゴ。スマホの画面を見ていました。6つ年上ですので、やはり老眼のよう。
レイキャビック7.jpg
レイキャビック3.jpg
↑点灯式に参加した方々。リンゴとジョージ夫人オリヴィアさんの姿も。

レイキャビック4.jpg
レイキャビック6.jpg
↑10月とは言え、アイスランドは真冬です。北緯64度8分ですから。

レイキャビック8.jpg
↑アイスランドの首都、レイキャビック。人口約12万3千人のキレイでステキな街でした。

1969年(私が入社した年!)7月にジョンのソロ・デビュー曲
「平和を我等に」(Give Peace a Chance)は、反戦運動のうねりの中で拡散していきます。
「Love & Peace」この言葉が知られるようになったのはこれ以降だったのでしょう。

YouTubeから引用させていただいた曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=RkZC7sqImaM

私はこの曲を聴くと
かつてのミュージアム4階、「NewYork」ゾーンの映像と展示物を思い出してしまいます。
7年半もの間、ほとんど毎日(巡回中)聞こえていたのですものね・・・。

話しが広がりすぎてしまいましたね。

いつか可能な範囲で
「Love & Peace」に話を戻し、いろいろお話しが出来たら、と思います。

私達も結婚して45年。
そのコンセプト?は、
振り返れば、まさに「Love & Peace」であったことは、言うまでもありません。

「これまでも」、そして「これからも」、ですね。


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ばね指、二度あることは三度ある?

半月ほど前から
右手の中指の付け根にどうも違和感がある・・・・。
左手の指で触れると腫れています。

半年前には、
その部分があまりに痛く、近く(車で7分)の整形外科に行きました。
そして、ステロイド注射でしのいだのですが、また再発か???

先日から朝起きたとき、スムーズに曲がらなく、
中指の先を持ってぐっと押すと痛みを伴い、ようやく90%伸びます。
毎朝こうならないようテーピングテープを買ってきて
寝る前に中指を巻くようになりました。

これは疑いもなく「ばね指」の症状!
私はもうこれまで
左手中指(13年前)と左手(7年前)の2回も手術を経験していますので、
よくわかります。

下の写真は
10年前と7,8年前の左手人差し指と中指の手術跡。
ばね指左 手術跡1.jpg

右手中指は
昨年9月症状が出たので地元の整形外科で注射をしてもらいましたが、
このところ同じような症状が出て・・・・。

ならば、
あれから8ヶ月後の再診と、連れに車で連れて行ってもらいました。
開店?40分前でしたが、ドアの前に13人。
私よりはるかに年長に見えるジジ様ババさまがお並びです。
今日は晴れてちょうどよい気温でしたからいいのですが、
雨・風の早朝はどうするのでしょうか。

先生曰く、
「そうですか。また出てきましたか・・・」といいながら
右手中指の付け根を軽く押していきます。

口には出しませんが、「痛~い!」です。

「今日は、注射にしましょう」

「ケナコルト(ステロイド)」と局所麻酔「リカドイン」の複合注射、
強烈に痛い注射で,針の先が腱鞘の中をまさぐられるような痛みです。
指し終わるのに約5分くらいですが、
その時間の長さと痛さは、言葉で表現しようがありません。
ばね指右 注射1.jpg

この注射、
炎症抑制の持続効果が極めて強く、絶大な効果を発揮すると解説されています。
ばね指右 注射2.jpg

直後は、中指の指先までジ~ンとしていましたが
こうして半日経つとそれは消え、でも曲げると違和感があり、痛い・・・・。

時々右手中指を平らなところへ押しつけ、
左手で上から圧を加え伸ばします。
こうしないとまた曲がるような恐怖?が・・・・。
先生もそうやりなさいと言われたので、さっきからやっています。
あぁ、これも加齢により、何でしょうか。

パソコンをやり過ぎるのが原因のひとつのようで、
仕事をしていいるどうしても指を使ってしまいます。

しばらくは、様子見で
今度同じ症状が出たら、仕事もそろそろ辞めどきなのかも・・・・。
それで、根本的には手術なのでしょうね。

よせばいいのに、
youtubeで「ばね指手術」の映像を検索して、しっかり見てしまいました。
手術としては、さほど難しくはないレベルですが、
何せ、ばね指でも2回も手術を経験しているものですから、息を凝らして見た・・・。

「あぁ~、二度あることは三度ある」のでしょうねぇ・・・。






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ゴールデン ウィークのイベント

孫たちがやってきた
にぎやかな今年のゴールデンウィーク。

最大の目玉イベントは、
日本橋「高島屋」で開催の「かいけつゾロリ30周年記念展」見学と
ネットで予約した「日本橋クルーズ」の70分コースを体験すること。

怪傑ゾロリと日本橋クルーズS.jpg

会場は子供から大人まで大にぎわい。
30年前から続いているので、若い親たちも知っているわけですね。

ゾロリ展S.jpg

そのあと日本橋で記念撮影。
日本橋.jpg

時間を調整して、日本橋たもとの乗り場にまいります。
船は屋根付でトイレもあり、70分かけて運河や東京港を巡ります。
私も連れも、孫たちも初めての体験でした。

日本橋クルーズ1.jpg
日本橋クルーズ4.jpg

日本橋周辺の川の主な橋をくぐって、高層住宅群像を身近に見ながら
「アーバンドック ららぽーと」や豊洲方面に向かいます。
晴海では、数隻の客船も間近で見ることができました。
日本橋クルーズ3.jpg

船長兼ガイド氏が、
見えてきたこの施設について、名前を言わずに説明しました。
あまりにも知名度がありますし、この先どうなるのやら、と都民ではなくても心配です。
日本橋クルーズ5.jpg

船は、レインボウブリッジ手前で、折り返します。

この日のコースは、
日本橋船着場→日本橋川→豊海橋→隅田川→永代橋→隅田川支流→相生橋
→晴海運河→東京港→レインボーブリッジ遠望→
竹芝ふ頭→勝どき橋→佃大橋→豊海橋→日本橋川→日本橋船着場でちょうど70分でした。

日本橋クルーズ2.jpg

ふだん見ることのない場所を
下から見上げるのは、とてもおもしろく、みんな大喜びでした。






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誕生月に届くもの

5月は私の誕生月ですが、いろいろなものが郵送されてきます。
通販、保険など7,8通。

その中で、
以前は、なにこれ?と一蹴したものを、じっと眺めてしまいした。

チェック表解説 20170507.jpg

市内在住の65歳以上の高齢者(ああ、イヤだ・・)に
ふだんの生活機能を確認する、
つまり介護の必要の有無を確認するための書類です。

今回は妙に慎重に読みまして、
はたして私はどうなのか?、を考えながら、〇を囲みます。
市民生活機能チェック表-20170507.jpg

「今年も返送しなくて済みそうだ・・・・」。

10点以上あると、市役所に返送することが決まりのようです。

昨年と比べると、
さほど大きな変化はないと思ったのですが、
カテーテル検査を2度も受けるなど心肺機能は確実に低下しています。
15分以上歩けば、やはり心臓の存在を感じますし、
転倒はしなくても、よろけたことが1,2回。
日時は確認できるけど、昨日のディテールは完全には復元できない・・・・。
仕事は、週に2回は出るため電車には乗っていますが、
進んで遠出をしたいという意欲は最近減衰気味です。

これを「加齢により・・・」というのでしょうか?

これからは8項目全31の問いに
まじめに向きあい、自分をチェックして行かねば・・・・。
年々、「いいえ」と応えられる問いが減らないように、
まぁボチボチやるしかありません。

体力の衰えは仕方がないとしても、
最後の最後まで気力だけは保ちたいものです
(気力は体力の裏付けも必要ですがね)。



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私の心臓冠動脈

先般、大学病院での
心臓冠動脈カテーテル再検査入院(4泊5日)の結果説明を
病院で連れと一緒に聞きました。

その時先生が見せてくれたのは、
心臓の映像(動画)で、
年甲斐もなく、生まれて初めて見た「私の心臓」に感動しました。

「Mさん、ほらここの細いところが狭まっているでしょう?
これは裏側の方だからちょっと見えにくいけど・・・・。」
先生が動画を止めて画像を拡大します。

画面下には規則正しい心臓の波形が・・・・。
薄いグレーの本体(心臓)はドクドク波打っています。
その前に編み目のように見え太い、狭い血管が
造影剤でくっきりと見えます。
カテーテルが前に進み、末端の血管を映し出します。

最近、時々調子が悪くなるのは、細い複数本の血管狭窄が原因のようで、
病名を名付けるとしたら、「冠攣(かんれん)性狭心症」、とのこと。
万が一?のために、ニトロ錠も処方されています。

検査後、そのまま収監?される事態ではありませんでしたが、
これからも要注意!で暮らせねば・・・・。

帰りに手渡されたデータCDは動画でしたが、
ファイルの中にビューワがあったので、試しに自宅のパソコンで再生してみました。

その前に、
イメージをつかんでいただくため、
一般的な心臓の血管全体の画像をネットで見つけましたのでご覧下さい。
冠状動脈イメージS.jpg
[コピーライト]images

心臓には,
このように太・細の動脈・静脈が編み目のように張り巡らされているのですね。

以下は、その動画を切り取った私の心臓の静止画像です。

右手首から入ったカテーテルは、次第に私の心臓に近づき、
血管に造影剤を注ぎます。すると、このように撮れます。
1.jpg
2.jpg

画像下部には、心拍波形が見て取れます。
5.jpg
6.jpg
7.jpg
8.jpg

本当は実際の胸の鼓動?を動画でご覧に入れたかったのですが、
私の心臓を見ても、あまり・・・・・、で静止画に。

でも、すごく画像は鮮明でしたし、
私のいままさに動いている=生きていることを感じさせました。

ガンのときもそうでしたが、
医学のハード・ソフトの力はすごいですね。
また医師側にも、
こうした情報を読み取る卓越した力量が求められますね。
最後は「ひとの力」ということになる、のか・・・・。

連れを呼んで、
パソコンで再生して見せたのですが、いまいち反応は薄く、
「自分の体なんだから、ちゃんと管理してよね!!」、
の一言だけ。

おっしゃる通りであります。

今日やってくる孫たちにも見せたい、といったら
「なに考えているのよ!~」、と一蹴されました。

でも内緒ですが、
これも私の「デジタル遺産」のひとつに加えましょう・・・。


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龍馬の新婚旅行にあやかって?

この春、結婚45周年を迎えました。

この節目に、
私達がまだ行ったことのない鹿児島を旅しました。
(心臓冠動脈カテーテル再検査と
旅行の日程が微妙に被りそうになり、医師にお願いして辛うじて、回避)。

羽田から鹿児島空港に着いたのは15:30。

空港では、添乗員とバスガイドさんが到着口に待っていて
これからの旅程の説明を受けました。
ここで初めていっしょに旅する人たちの顔がわかります。
大型バス(トイレ付き)でグループは36人でした。

バス最前列には予定が掲示されています。
手書きなのがなんとも微笑ましい・・・。
1バス内掲示.jpg

ガイドさんに連れられて1日目の最初は、霧島神宮参拝。
高千穂峰中腹に鎮座される神様は、瓊々杵尊(ニニギノミコト)とのこと。
ガイドさんの説明は
神話の世界の予備知識がないとちょっとわからなかったです。

こういう団体旅行は久しぶりですが、
初めてのところは、こうして連れられていくのが楽でいいですね。
2霧島神宮1.jpg

この神社は、龍馬とおりょうが
日本で初めて新婚旅行をしたところとして伝えられています。
今日は私達のちょうど45周年の記念の日。これもご縁でありましょう。
3霧島2.jpg

ここでも恒例?のおみくじを。
「吉」と出まして、「病気(やまい)」は、「軽し 安心してよい」、
「争事」は「心穏やかにして吉」とのお告げでありました。
ガンや心臓のこれからも、まずは安心して向き合えますね。
霧島神宮のおみくじ.jpg

霧島温泉ホテルのベランダで。
後ろに吹き上がる温泉の湯煙が・・・。
ホテルは、アップグレードした期待を裏切られ、
連れとブチブチ言い合い。飲んで寝るだけの宿でしたら我慢できますが・・・・。
おふろは感激するほど良かったけど・・・・。
4霧島温泉ホテル.jpg

翌日は指宿へ向かいますが、その途中で地元で有名な黒酢店へ。
大きな黒酢の瓶が並んでいます。
5黒酢の瓶.jpg

あいにくと天気が悪く
途中立ち寄った目玉の桜島はまったく見えず、残念でした。

指宿に向かう途中で、
ゼネコン時代に仕事で見覚えのある施設のすぐ横を通り、感動しました。
世界最大の原油中継備蓄基地、「JX(旧日本石油)喜入石油基地」です。
PR誌に掲載したので、よく覚えています。
国内消費の約2週間分に相当する
原油735万klを貯蔵できる基地の建設を勤めていた会社が施工しました。
20170429SS00001.jpg
[コピーライト]GoogleEarth

この日の宿は、
「指宿いわさきホテル」で施工も同じ会社がやり、PR誌で紹介しておりました。
竣工は昭和47年9月、奇しくもちょうど私達が結婚した年でもあります。
なんというご縁なのでしょうか・・・・。

翌日3日目は、
もう帰る日ですが、鹿児島空港に行くまでにいろいろ立ち寄り見物。

これは、開運に御利益のあるとされる釜蓋神社。
お釜の蓋を頭に載せて願い事をし、落とさずに参拝できたら大願成就?とか。
8蓋釜神社2.jpg
9蓋神神社.jpg
私は落としませんでしたよ。

ここは、
日本最南端のJR九州指宿枕崎線の駅、「西大山」。
10最南端駅.jpg

路線図と時刻表です。
ご覧のように列車1本逃すと、半日?待たなければなりません。
11西大山駅路線図.jpg
12西大山駅時刻表.jpg

確かにこの駅に来たという「証明書」です。1枚500円でした。
12到着証明書1.jpg13到着証明書2.jpg

開聞岳が美しく見える「長崎鼻」という岬です。
14長崎鼻.jpg

最後に立ち寄ったところは、知覧の「特攻平和会館」です。

http://www.chiran-tokkou.jp/index.html

ここを見学できることが、今回のツアーの選択肢でもありました。
でも、展示物はあまりにインパクトが強く、
見学して10分もたたないうちに、流れ落ちる涙を堪えきれませんでした。

父母、兄弟、妻子、恋人宛てに遺した言葉の重みを感じるのは
私もそれなりの人生を経てきたからでしょう・・・。

いまからすれば、
考えられない環境の中で千人以上の若者が命を落とす運命でしたから・・・。

私の生まれた年が、「日本国憲法」発布の年でした。
展示室を周りながら「第九条 第一項」を思い出していました。
 
彼らの写真と手紙とを交互に見ながら、あっというまに集合時間となりました。

ここには、中高の生徒が大勢見学に来ていました。
15知覧1.jpg
16知覧2.jpg

歴史を史実としてきちんと伝え、残す大切さを感じました。

こうして2泊3日の鹿児島の旅は終わりました。

帰宅してから3日目に、
心臓冠動脈カテーテル再検査で大きな大学病院に4泊5日いたしました。
やはり旅の宿の方がいいです。



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2度目の心臓カテーテル検査入院

二度目の
心臓冠動脈カテーテル検査で入院し、昨日帰宅しました。
昨年秋に受けたときは二泊三日でしたが、
今回は病院の都合で何と四泊五日という長丁場。
それというのも検査日が月曜のため。
これは結構ツライです。
もともとせっかちで、じっとしていられない性分ゆえなお感じました。

この2ヶ月ほど、ちょっと長く歩いたり、階段を上がると
胸上部に押されるような違和感と喉の奥が少し熱くなるような感じでしたので
かかりつけ医に相談したら、
即刻地域の大学病院での検査受診を勧められました。

昨秋もやっているので
その画像データである程度はわかるはずでしたが
その大学病院では最初からやることに。
データの共有化が図れれば双方ムダが省けると思うのですが・・・。

ところで、いまは便利な世の中ゆえ、
その病院の手術数、死亡率を調べることが出来ます。

3年半前の食道ガンや大腸ガンのときは、
全国ベスト100ランク外の病院でしたの、で家族も心配しましたが、
こんどは大丈夫!?、全国でもトップクラス、
ステント挿入も心臓バイパス手術も死亡率も0%のようです。

何で気にするかと言いますと
私の心臓冠動脈のうち3本に50~75%の狭窄が見られ
狭心症、心筋梗塞のリスクがあるからです。進展していたら・・・。

とは言うものの、
大きな病気を短期間にいろいろ経験しましたので
不思議なくらい肝が据わっているというか、心に揺るぎはありません。

以下は、検査入院中のスナップです。

今回の病室は、
4人部屋の窓側で、数多くの入院経験で初めてでした。明るくて気持ちがいい。
ベッド.jpg

窓からは、東京スカイツリーが遠望できます。
見た瞬間思うことは、施工会社の名前。ゼネコン育ちゆえ仕方ありませんね。
東京スカイツリー遠景.jpg

翌日用の部屋の注意書き(マグネット)。
朝食なし、昼ご飯なしで、見ているだけでお腹が空きそうです。
ベッド脇の注意.jpg

毎回いろいろなことをノートに書き込んでいます。
ノート.jpgみつめる私.jpg

病院としては、まもなく71歳になる私は、正真正銘の「高齢者」。
看護師さんとの何気ない会話でそのことを改めて自覚し、若干気落ち。
ボーッとしている私、こうしてみるとやはり老け込んでいますね。
明るい洗面所の鏡でも老いを知りました。

初日は検査がありましたが、
2,3日目は特段予定なく身をもてあまし、
3時間だけ外出許可をいただきました。
バスに乗って駅前へ。
休日ゆえ街は人でいっぱいです。
コーヒー飲みたかったのですが、水、お茶以外禁止と言われていますので残念!。

検査前日の夕方、看護師さんが左右の腕にマーキングしていきました。
カテーテルを挿入するところを確認しながらの慎重な作業です。
左か右か・・・。
今回は、腿ではなく右腕からと言われ、ホッとしました。

内腿からですと
毛も剃る、トイレも歩いて行けないなど検査後の不自由さは腕と比べようもありません。
左手マーカー.jpg右手マーカー.jpg

これは検査室へ向かう直前に連れから撮ってもらった私。
笑顔をしていますが、やはりどこか緊張している・・・・。
検査直前の私.jpg

9時50分に検査室に入り、終わったのは10時半過ぎでした。
大体1時間前後と聞いていましたので、順調だったようです。

局所麻酔注射のときは、
ズシ~ンという痛みがありましたが、あとはそう痛みは感じません。
でも、だんだんと
心臓方面にカテーテルがと進んでいくという意識はあります。

検査室には医師、看護師など7,8人。
毎回感じる手際よさ、でしたが、ちょっと戸惑ったことがひとつ。
それは若手の医師が点滴をする際、
私の左腕の静脈血管を浮き出させようといろいろ試行するのですが、
「なかなか出てきません。うまくいかない・・・」と小さくつぶやいたこと。

すぐに検査の先生が、
回り込んできて、「ここ、ここだよ!」と指導?して、無事点滴開始。
↓病院HPで紹介されている検査室内部
心臓カテーテル室内部.jpg

検査は終了したのですが
何せ動脈に穴を開けたわけですので、しっかりと止血します。
これがその状態。
右手動脈止血.jpg

ふつうは6時間くらいの経過で徐々に空気を抜いてゆるめるのですが、
私の場合は血の気が多い?、血圧が高い?せいで
完全にはずされたのは、9時間後でした。これが一番辛かったですね。
左腕は点滴、右腕は止血帯でしたから・・・・。

この時期、
病院は医師も看護師さんもニューフェース研修中。
あっちでもこっちでも先輩が付きっきりで、血圧、血糖測定、点滴確認の指導しています。
その場でレクチャーしたり、廊下でとか。
その話の中で
「Mさん(私)の場合は・・・・」と言うような話に思わず聞き耳を立ててしまいます。

これは点滴にぶら下げられていた「注意」タグ。
新人向け注意喚起.jpg

少しずつ経験を積んで、患者にとって頼れる1人前になっていきます。

検査の結果は、緊急に手術というレベルではないようでした。
ただ、このところ感じていた違和感がどこから来るものなのかは、?とのこと。
しばらくは「経過観察」というのが今回の結論。

ホッとしたというか割り切れないというか複雑な感じですが、
ともあれ胸を開いての手術に至らなかったことが幸いでした。

入院中、
毎食500cal以下の食事で、入院前に比べ1,1kg減量。
これが最大の成果かも・・・。

今回も早め早めの処置が良かったようです。



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銀座ソニービルの思い出

銀座・数寄屋橋の「ソニービル」が
3月末日で閉館となり、来夏に「銀座ソニーパーク」としてオープン予定とか。

SN00091.jpg

会社が、ビルを施工したご縁で、
当時ゼネコンとしては珍しい企業PRのショールームがありました。
私は、1年生の頃、広報部門におりましたので
この展示模様替えも仕事でした。

銀座ソニービル建築中.jpgsony-bld.structure.jpg
(一度エレベータで最上階へ行き、そこからワンフロア毎に下りてくるという当時珍しい導線でした)

ビルを設計したのは、芦原義信さん。
駒沢公園体育館や東京芸術劇場などの設計者としても有名です。

私は、このビルに新入社員時代の思い出があります。

本社が銀座にありましたので
独身寮から銀座まで通っていましたが、
数寄屋橋や銀座4丁目のあたりは、越後の田舎町出身の私にとっては別世界。
行き交う女性もみな美しく、
立ち止まって見とれてしまいそうでした。

22歳の1年生が、手元、下働きとは言え
これが仕事になるとは想像も出来ませんでした。

そのショールームで働くアテンダントさんたちは
独身の私にとっては夢のような世界の女性たち。
ときどき本社来るので、部屋がとても華やいだ感じになりました
(いえいえ在席している女性もみないい方でしたが・・・)

ショールームの模様替えは徹夜仕事になります。
閉館してから装飾業者がフロアを養生し、解体。
それから2晩で完全に入れ替えますが、
各作業が終わるまで見ている?のが私の仕事でした。

あの頃は、みんないっしょに旅行とか宴会とか
会社の規模がまだ小さかったのと
社内ではちょっと変わった?部署だったこともあり、まとまりやすかった。

広報部-S47?s.jpg
電話機は、いまや博物館的な黒電話でした。
数十もの電話番号を記憶していましたね。いまは自宅とスマホの番号だけしか覚えていません。

広報部-S47-南総パラダイス-s.jpg
広報部-S47-南総パラダイス宴会-S.jpg

数寄屋橋交差点には、残像だけ。
上のような1,2年生のころの写真の中にも確かに私はいるけど、
瞬間的に切り取られた空間と時間の中の私に過ぎません・・・・。

う~ん、こう振り返ると、
自分の存在は客観的にみますと、ほんのわずかな粒子にすぎないなぁ~。
建築物(構造物)のほうが歴史を残していくみたい・・・。

(ソニービル建築概要)

所在地:東京都中央区銀座5-3-1
着工:1964年6月6日 竣工:1966年4月15日 
敷地面積:707.27㎡ 建築面積:686.39㎡ 延床面積:8,811.64㎡ 
高さ:地上31m、塔屋12m、地下 深さ24m 
構造:地上部分:鉄骨造、床:デッキプレート、軽量コンクリート
規模:地下5階、地上8階、塔屋3階
設計:芦原建築設計研究所 施工:大成建設(株)
   ※The Story of Sony Building 1966-1986より

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写真展で横浜へ 

先日、連れと一緒に横浜へまいりました。

横浜ユーラシア文化館で開催中の
「増田明久写真展 アジアの近代建築遺産」です。
横浜ユーラシア文化館 350.jpg
アジアの近代建築遺産1S.jpg

私、
横浜みなとみらい線にのったのはこの歳になって初めてですが、
路線図や時刻表を見ると,埼玉県所沢からも1本で来られるのですね。
自宅からここまで、3本乗り継ぎ2時間かかりました。

さて、
写真家 増田明久さんは、
日本の近代西洋建築また産業近代化遺産の分野ですごく有名な「先生」です。
朝日カルチャーセンターの講師や
いろいろな催しに招かれて「英国貴族の館」などのテーマで講演なさっています。

増田さんは私の会社の先輩で、
私が新入社員時代、
配属先の広報でカメラ(テヒニカ 4×5)撮影の手元として
レンズやフィルムの入った鞄持ち?などしたこともあります。
インドネシア・バンドン近くのチラタダム工事記録映画制作では
2度もお供をさせていただいた経験があります。

同じ部の方ですので、先生っていう感じではなかったのですが
こうして自分がリタイヤいたしますと、
増田さんという気軽な感じではなく、増田先生とお呼びするのが正しいような・・・・。

館内では、
中国での30年余撮影された近代建築遺産の姿を紹介していますが、
どれも私が若いときから親しんでいる?カチッとした作品ばかりでした。
懐かしい思いもありました。
アジアの近代建築遺産2S.jpg

新入社員時代
先輩に日大芸術学部写真学科の先輩が3名もおられ、
ずいぶん建築写真や映像制作については勉強させていただきました。
でも、これももう50年近く前になる話になるのですね・・・。

久しぶりにずっしりとした歴史ある建築写真が見られましたし、
次の時代に文化を残していく大事な仕事であることを改めて感じました。

帰りはこれも何十年ぶりの横浜中華街へ。
子供が小さい頃連れて来たことがありました。

連れもほとんど記憶がなく、
ちょうど昼時に重なり、ずいぶんウロウロしてようやく入れたお店。
揚州飯店.jpg

ランチメニューもピンキリで、
30分待っていちばんお安い1,280円のコースをお願いしました。
揚州飯店メニュー.jpg

中華街中のあふれんばかりの人混み・・・・。
田舎のネズミは、人が多いところは苦手です。
帰りは、関内駅から乗り換えずにすむ電車に乗って、ひたすら北上・・・・。

連れも私もいささか疲れましたが、
JR民営化の記念日に、いい「小さな旅」?をしました。




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東京名所 かっぱ橋へ

天気のよい日の朝。
連れから。「かっぱ橋へ行こうか?」とのお誘い。

上野駅から地下鉄に乗り換え初めて訪ねました。

最近テレビの番組で外国人が多いと聞いていましたので
連れも興味があったようです。

有名な通りに向かう前に仏壇屋さんが多いのに気がつきまして
かっぱ橋の帰りに見て回りました(将来我々用にと)。
古そうな仏壇屋-20170225.jpg

浅草寺起源
浅草寺いわれ20170225.jpg

通りは見物客?でいっぱいでした。
かっぱ橋のにぎわい1.jpg
かっぱ橋のにぎわい2.jpg

これが有名なニイミ洋食器店のコック帽子のおじさん看板。
かっぱ橋のシンボル-20170225.jpg

ちょうど昼時になりましたが、
いろいろ探してもランチを食べるところが見つかりません。
ようやく見つけたのは、甘い物屋さんで、ランチメニューがありました。
ランチ 20170225.jpg

お箸の専門店、「はし藤本店」。
はし藤本店0170225.jpg
店内ディスプレイ-20170225.jpg
店内1 20170225.jpg
店内2 20170225.jpg

ほかの箸屋さんの店頭には「削り節}?
ほかの箸屋さん-20170225.jpg

通りから東京スカイツリーが見えました。
スカイツリー-20170225.jpg

これはヤカンのお店。
ヤカン屋 20170225.jpg

大型の調理器専門のお店も見ました。
大型調理缶-20170225.jpg

通りには、ますます人が多くなってきました。
かっぱ橋のにぎわい1.jpg
かっぱ橋のにぎわい2.jpg

買った物は、私専用の小さなフライパン1個のみ。

でも、実に、ああおもしろかった、の1日になりました。





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抱腹絶倒!そのあと、ジーン・・・

書き留めておいた5,6本のブログ更新がなかなか進みません。
ちょっとこの時期、多忙なのと
何だかこのところやや気力減衰気味ゆえに・・・・。

と、そのさなか、
新聞の書籍広告で目にとまった本の広告。
思わずamazonにクリックして取り寄せました。

「ガン入院オロオロ日記」
(東海林さだお著 文藝春秋刊)

1.東海林さだお ガン入院オロオロ日記.jpg

私もガン友?の経験者ゆえ、
書いてあることの一字一句に大笑いとジーンと波寄せ返す情景に
時間を忘れて読み通しました。

この本にはガン入院記だけでなく、
思わず声を出して笑ってしまう内容も含まれていますので、
心の疲れを取るのにはいい薬?かも。

5.東海林さだお ガン入院オロオロ日記 5.jpg

2.東海林さだお ガン入院オロオロ日記 2.jpg

このIDバンドのところ。
4.東海林さだお ガン入院オロオロ日記 3.jpg

これは私の。
認識ベルト.jpg

退院の直前に看護師さんが切ってくれ、ようやく「フツーの人」になります。

点滴をつけての移動のところ。
3.東海林さだお ガン入院オロオロ日記 4.jpg

私も退院の最後までぶら下がっておりました。

ベッドの上で 点滴.jpg


ガンは身近になりました。
他人(ひと)事だと思っていた私が、続けさまに食道ガンと大腸ガン。
確かに早期発見と早期処置で事なきを得ましたが、
5年10年先以内の再発も起こりえる・・・・。

けっこうしんどい話ですが
この東海林さだお氏の本は、深刻な話を自分の体験を通して
素直に書き綴ってあります。
そのうまいこと!
本の中の、「病院は不本意でいっぱい」のところは、
さすが漫画家ならでは、と読み返しました。

もし、多少ご心配な方がおられたら、
また術後もずっと気にかけておられる方がいらっしゃいましたら、
こんな本もいかがでしょう?

私は、2つのガンを体験して、
(歳もありますが)1日いち日の大事さを感じながら暮らしています。

※途中で止まっているブログはそのうちアップいたします。






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下剤三昧(上から下から 内視鏡) その2

お腹の中には、もう何もありません。
特別な思いはなく、
大きな課題をやりきった、という安堵感?だけ・・・。

あとは
看護師さんが呼ぶに来るのを待つのみです。
その間ちょっとウトウト。

「Mさん!,時間ですよ・・・」の声におこされて検査着に着替え,
点滴をぶら下げ、1階の内視鏡室へ向かいます。

ユルユルの検査着ゆえ、スウスウします。
エレベータに乗ると、何となくみんなが私を見ているようです
(これは勘違い)。

息子と同い年のK先生、
「Mさん、お待たせしました。さぁ~、やりましょうかね・・・」と
いつもの元気なお声。

「どうか、どうか何事もないように・・・・」、心の中で祈りました。

およそ40分で終了。

左上のモニターに映されている私の大腸は、
メガネを外しているためによく見えません。
カメラの挿入はそんなに違和感はなかったのですが、
やはりS字結腸、下行結腸、横行結腸など
大きな曲がり角では、カメラの進み行くさまを感じてしまいます。

消化器系図.jpg
(wikipediaより)

すべてが終わって検査台に座り直したとき
一瞬ですが軽いめまいを感じました。
やはり短い時間でも緊張していたようです。

病室に戻ってきました。
手術着からパジャマに着替えるだけで息が切れます。
手足を伸ばすと、スッと力が抜けてきました。
気丈にしていても,やはり緊張していたのでしょう。

食事を摂るのは丸1日ぶり。
以下が夕食、そして次の日の朝食に出たリンゴです。
食べられることの幸せをつくづく感じます。

検査後の常食.jpg退院日朝食のリンゴ.jpg

皮をむいたリンゴが少々、
袋に入って添えられていたのには驚きました。

今回の細かな結果はまだですが、
緊急を要する事態にはなっていない、との説明がありました。
でも、また春には検査があります。

ガン術後にとっての「5年」、「10年」にはまだまだ先があります。
私の場合、食道はあと2年、大腸は5年弱・・・・。
当分(たぶん逝くまで)緊張が続きます。

折しも厚生労働省が
日本人の平均寿命をまとめた「完全生命表」を発表。
2015年度の平均寿命は、
女性が86.99歳、男性が80.75歳だそうです。
2010年の調査に比べると、
女性が10.69歳、男性が1.20歳伸びたとか。

余命を計算すると、あと数字上は10年。
このままの状態を辛うじて維持出来るのは、たぶん5年でしょう。

それゆえに、なおさら毎日毎日を愛おしく過ごさねば・・・・。

先生に感謝、連れにも感謝!


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下剤三昧(上から下から 内視鏡) その1

ずいぶん間が開いてしまったので
あわててアップしています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

過日、3年前の食道ガン、
半年前の大腸ガン術後の再検査のため
2泊3日の検査入院を終えて帰宅しました。

先生のご提案で、
「一気にやろう!」ということになり、二つ返事で承諾。
昨夏の大腸ガン手術は、もちろん入院してのものでしたが、
大量の下剤服用への恐怖感があったからです。

それが見つかったときの内視鏡検査では、
検査日早朝から自宅での下剤服用で、ひどく苦労したものですから
今回は入院した方が気持ち的にもラクなので
私の方から「お泊まり」をお願いしました。

1日目は
食道・胃の内視鏡ですので。朝から禁飲食。
入院手続きは午前9時に済ませ、
消化器内外科のある病棟ナースステーションで申告します。
顔なじみ?の看護師さんから声がかかりました。
「お久しぶりです。前回も担当しましたよ。」

この3年で手術も含め5回になります。
顔も覚えられるわけですね。

ベッド周りサイン1小.jpgベッド周りサイン2小.jpg
常食1小.jpg手首バンド.jpg

食道・胃の内視鏡は絶飲食だけですので、とても楽です。
恐いのは2日目の大腸内視鏡検査。

1日目の夕食は「大腸検査食」というものでした。食事のあとには、前もって飲む下剤。

大腸検査前食.jpg
大腸検査前下剤.jpg

夜の21時消灯はきついのですが、病院の日課ゆえ仕方りません。
持参した寝る前に飲む薬は、ほとんど効かず3時間後には目が覚めました。

これが今回の下剤。

恐怖の下剤.jpg

この下剤、最近変わったとか。
容器がペットボトルになりまして、上部にコップがついています。

1カップに1/4原液?を入れ、
あとは3/4水を注ぎ、薄めたこの1杯を15分かけて飲みます。
コップには
原液?を入れる赤の目安の線があるので入れやすいです。

飲み始めると、やめられません。
どんなに口に合わなくても飲みきらねば・・・・。
2時間かけてボトル+水を空けます。
8時から10時までの2時間で飲みきりました。

やがて症状が・・・・・。
病室の私のベッドから徒歩14歩のトイレに駆け込むこと、19回。
これを記録します。

下剤服用進捗状況.jpg

最終的には
看護師さんのチェックを受けねばなりませんので
これまでの経験?を活かし、透明度が十分確認できてから呼びに行きます。

「ああ、いいわね、OK!
これで合格。内視鏡検査の準備が終わりました。

(つづく)

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ネット・オークション始末

この歳になって、
初めてネット・オークションなるものを体験しました。
元はといえば、孫のクリスマスプレゼントで娘から相談を受けたこと。
そのゲーム機の高い値段にビックリ!
まぁまぁ使える中古ノートパソコンが買える値段です。

そのとき、
何とか安く手に入らぬものか、とネットで探しているうちにオークションサイトへ。
またその数の多さ、ピンキリの製品状態と価格差にビックリ!

孫へのプレゼントの結論を申せば、
新品購入費用の約半分を負担したのですが、
実はそのあともサイト当該ページを興味津々と眺めること、半月余り。
加齢に伴う薄れ行く脳活性化の一助にと自分への理由をさがし、
「新品同様、良品」に限って落札価格帯を調べはじめました。

しかし、驚いたのは
たくさんのジャンク品といわれるものと作動保証なしに区分されるもの。
つまり、まったく動かないもの、液晶に大きな傷があるものなど、
さまざまなものが数多くく出品され
それにそれれぞれ値段がついていることでした。

そこにニーズがあるのだと思いました。
何かの機械ならば、
部品を探す、取るためにそういうものでも出回ることは知っていましたが、
動かせないゲーム機がたくさんアップされているのは・・・?・。

本体のカバー(着せ替え?カバー)のデザインが違うので、
それを手にするだけでいいのかも知れませんが、初心者ゆえわかりません。

いつもDVDを借りるレンタルショップに行ったとき
ネットで探していた同じゲーム機が中古で売られていました。
思わず値段を見ましたが、それはネットの落札価格帯とほぼ同じでした。

どうや「超お買い得」のような製品、掘り出し物はない予感がしました。

半月の間に、7,8回ほどオークションに参加入札。
価格も、あまりに非常識な値段は始めから入れませんでしたが、
あと数時間で、オレのもの!と思っていたのが、
もっと高い値段を入れられた方がおられ、残念ながら諦めたことが多かったです。
新品を量販店で買った方が
「費用対効果」?面でいいのでは?、とも考えました。

やはりこういったオークションもコツがあるようです。
二股かけていると、
不幸にも?、取消ができませんから二つ買うことになるかも・・・。
オークション元から来る
「あなたより高額の入札者がいました。」というメールもドキッとしていやでした・・・。

結果を申せば、当初の想定よりも若干高い値段で落札。
やっぱり「想定落札価格帯」の範囲でした。
ホッとした気持ちと、この追い込まれる気持ちはイヤだなぁ、とも。

先日、我が家に落札ゲーム機が届きました。
まさに「新品同様」でした。

ニンテンドー1.jpgニンテンドー2.jpgニンテンドー3.jpgニンテンドー4.jpg

でも
気持ちとしては、うれしいというより
箱を開けながら、何だかひどく疲れ果てたような気もしました。

「ノークレーム」という出展者の決まり文句のフレーズも
リスクを負うことを考えて札を入れなさい、と言う警告でしょうし、
歳を重ねた知恵というか危機管理?意識も働いて、
こういう売買は性に合わないとも実感しました。

専用のACアダプターやタッチペンなど買い揃え、
「脳活ソフト」の費用も考えますと、コストもかさみます。

さてさて、
これからこれとどんなお付き合いが始まるのでしょうか・・・・。



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何となく先が見えた・・・・

ある日の新聞を読んでいたら
「死を語る 一人で逝く覚悟必要」と、作家の五木寛之氏の記事が掲載されていました。

高齢化が喧伝されている中、
「650万人もの団塊世代が一斉にこの世から退場する。
大量の要介護老人と大量の死者が周囲にあふれかえる・・・・」
この記事の文章に、
日頃何となく漠然と考えていたことが、
急に目の前に具体的なこととして現れ出てきました。

記事中のグラフを見つめ、
他人事ではなく自分に示された「♫未来予想図♪」?と受け入れました。

高齢化と死亡数グラフ 読売20170115.jpg

そこに紹介されていた
著書「玄冬の門」をAmazonから取り寄せ、読んでからというもの、
これから先のことを具体的に考えるようになってきました・・・。

「玄冬の門」(五木寛之)-20170124.jpg

彼は本の中で次のような「7つのすすめ」を説明しています。

1. 同居自立、
2. 非相続、
3. 再学問、
4. 妄想
5. 趣味としての養生、
6. 楽しみとしての宗教、
7. 単独死

そこで我々の世代の往生際を解いているのですが、
この10日間あまり、めずらしく?まじめに考えておりました。
「最後は単独死」という言い切りは、きついなぁ、と思いました。
まぁ、
昨年8月に姉(81)、義父(92)が12月に他界したこともあるし
つい先日は
会社同期(72)のご家族から彼が亡くなったとのハガキが届き絶句・・・
などが続いたこともあると思います。

つねづね自分をどう完結させるか、考えていたことや、
このところ仏事に伴い
お寺でお坊さんの話を聴いたことも影響しているかも・・・。

著書には、
家族に看取られながら逝くっていうのは、幻想に過ぎない、とか
老人施設でタンバリンをはたきながら合唱なんて!、
そもそも自分としての独立した意識も感じなくなる・・・、との既述もあり、
身内が入居していたことの体験からも、おっしゃる通りかも、と納得。

別に深刻に思い詰めているわけではありません。
ただ「死」を身近に感じることが続いたのとこの記事との相乗効果?かも。

でも
この3年で複数のガンやカテーテルなどを経験しますと、
生きることと死を隣に意識し、
「死ぬまで生きる」ということに素直に聞き入るることができます。、
「死に方 用意!」とは言えませんが、少し肝が据わったよう・・・・。

残った時間(たぶん10年未満でしょうが)と
思い出を楽しみながら
これからの出会い、そして家族を大切にしていきたいと思うのです。
最近、連れとこういった話を軽く?出来るようになったのは
とてもいいことだと思っています。

次は、もっと軽い?お話にしますね。



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今年もおみくじ行脚

年末からこれまでいろいろあったのですが
まとめきれず、今日に至りました。
このままではズルズル先延ばしになるため、
おもいつくまま書き綴りました。

今年も
地元の小さな神社とお寺、それに都心の神社にて
恒例おみくじ行脚をしてきました。

元旦、まずは家から徒歩8分の神社へ。
この4,5年マンションやアパートが増え、参拝者が増えました。

地元の神社1.jpg
七里神社由来.jpg

このでのおみくじは、「中吉」。
すべての項目が、まぁまぁというお告げです。

ここから1分の真言宗のお寺にも参拝。
そこで引いたのは「吉」。可もなし不可もなし・・・・。

2日には
45年前に婚礼をあげた東京・赤坂の日枝神社へ。
毎年かかさずお参りしている御利益か何とかここまで暮らすことができました。
20170102日枝神社山門web.jpg
20170102日枝神社全景.jpg

時間が早かったせいか、待たずに拝殿まで進めました。

日枝神社2人でsmall-20170702.jpg

ここでも「中吉」
日枝神社おみくじ5.jpg

孫たちや交通安全のお守りや家に飾るお札をいただきましたが
自分用にこんなものも。
日枝神社おみくじ1.jpg
底を開けて
日枝神社おみくじ2.jpg
引っ張り出します。
日枝神社おみくじ3.jpg

出てきたおみくじは、
日枝神社おみくじ4.jpg

やっぱり「中吉」でした。

願事=心配多くして其功少なし急ぐな
待人=来るとも遅し
失物=出るが役に立たず
旅行=盗難に用心せよ
商売=売買共に利少なし
学問=早めの決心が大事
相場=買いが勝ち
争事=先に言うと負ける
恋愛=待て 将来吉
転居=さわぐと損
出産=さわりなし 安産
病気=医師を選べ 治る
縁談=途方に暮れて迷う
     事あり見定めよ

ここまでまいりますと
今年は、そう大騒ぎもなく暮らせるのではないかと安堵いたします。

日枝神社の帰りにお蕎麦を食べながら、
連れと45年前の結婚式と今年の行く末を話ました。
ふたりともよくここまできたものだ、というのが率直な感想です。
20170102神社帰りの蕎麦.jpg













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イギリスのホームクリスマス

リバプールの友人Sさんから
息子夫婦孫たちを招いたクリスマスの写真が届きました。
ごくごくフツーの家庭での楽しそうな雰囲気が伝わってきます。

10年前、ミュージアムの館長時代に
このSさんのお宅に招かれ、夕食をご馳走になりました。
緊張して余裕はありませんでしたが
奥さんが「日本の方に料理するのは初めて。お口に合うかしら?」と
やさしくおっしゃったのがいまも記憶に残ります。

息子さんたち家族が来る前のテーブルのようです。
Simon-1.jpg

壁にもかざりが・・・。
Simon-2.jpg

二人のお孫さん達が遊んでいます。
左は小さい方。
プラレールではなく、woodyですね。
右はお兄ちゃんかな・なんだかスマホかタブレットをいじっているみたい・・・・。

Sion 3.jpg

ご家族でのクリスマスディナー。
Sさんは撮影担当ゆえ写っていません。
奥様の左手だけが見えますね。

Simon 4.jpg

何だかほほえましい空気が伝わってきました。

年が明けたら、また日英孫自慢でもするかな・・・・。



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心臓冠動脈カテーテル検査入院

このブログも
ずいぶん長いこと間を開けてしまいました。
下書きが6本もあって、少し整理しながらアップします。

一難去ってまた一難。
まぁいろいろなことがよく起こります。

さて、恐そーなタイトルですが、
先日2泊3日の検査入院をいたしました。
以下はその物語です。

私は毎月1回、クリニックで診察を受けています。

食道がんの手術を受ける以前から、
血糖値が高いものですから,A1C(月間平均値)の数値を管理されています。

そこで2ヶ月ほど前、総合的な検査を受けました。
その結果を見て先生が、
「心電図にちょっと気になるところがあるから、
専門の病院で心臓のMRIを撮りましょう」と・・・・。

胸がドキドキすることもなくなった昨今ですが
特に心肺に自覚症状もないので、気楽な気持ちでMRI検査を受けました。
クリニックと連携している病院でしたが、
初体験ゆえ興味深く機会や医師、看護師の動きを眺めていました。

その結果をいつも通うクリニックで聞かされたました。
クリニックの先生のご主人が循環器系の専門医で、同じ屋根の下。

「Mさん、冠動脈の狭窄が複数箇所ありますね。
このままだと、いつ狭心症や心筋梗塞が起きても・・・」とのご沙汰で
別の病院で
2泊3日の「心臓冠動脈カテーテル検査」を受けることになったのです。

生まれて初めてでした。

近くの地域医療センターでの1日目は午後の入院で
血液検査と点滴用の針を挿入されただけ。
8月末以来の入院で、時間の流れがひどくゆっくりの中、9時消灯。

2日目の朝は9時半からの検査なので
6時半には点滴が始まり、検査着に着替えてスタンバイをいたします。

連れも呼ばれていますので
8時半からそばにいてくれます。

時間になって呼ばれました。
車椅子に乗せられ、検査室へ向かいます。
連れが見送ってくれました。
「じゃぁね。頑張って・・・・」

検査室は、冷房が効きすぎるくらい寒かったです。
車椅子で中に入ると、担当の先生1名、技師1名と護看師4名。
団体徒手体操(新体操)のごとく声を掛け合いながらテキパキと作業?が進んで行きます。

造影剤を右手首動脈から入れるのですが、結構冷たい~んです。
もちろん予め局所麻酔を打たれます。
それでも、いよいよカテーテルが入るときには、一瞬、ズキン!

「はい、Mさんこれから入って行きますね。
1,2分ですからね・・・・」、と先生。

「はい、ここで右折しますね。心臓のそばまで来ましたよ・・・・」
右手首の動脈から挿入されたカテーテルは、
右肩のちょっと手前で右へ曲がってカメラが入って行くのですが、
そのことを先生が「右折」とおっしゃったので、ちょっと和みました。

でも先生の一言ひとことが、ひどく恐く感じます。
ちょっと首を左にひねると、私でもそのありさまがライブ画像で見られます。
メガネを外しているのでクリアではありませんが、造影剤のあるところが白いカゲ。
カメラで画像を見ながら先生の検査は続きます。

検査室へ入ってから出るまで約35分でした。
検査室の前室には次の患者さんが不安げに待っていました。

病室に戻ってからも点滴は続きます。

午後になって、連れと一緒に検査結果を先生から伺いました。
動画、静止画を見ながらの詳しい説明でした。
これが説明を受けた概略図。

心臓カテーテル検査報告-web-20161122.jpg

冠動脈にはみな番号がついていまして、
私の狭窄は3本で、詰まり具合?は50~70%だそうです。
原因は、やは糖尿病の影響と加齢にあります。
すぐにおかしくなる状態ではないものの、
やはり要観察で、いま通うクリニックで診てもらうことになりました。

この3年の間に、食道ガン、胃前ガン、大腸ガンと3連チャンゆえ
たて系列の消化器に関しては、知識だけでなく実体験もあったのですが、
今回の心臓カテーテルは未知な分野ゆえ、正直不安でした・・・・。

これで、また自分のカラダがよくわかりました。
この先そう長くはないのでしょうが、さらなる心構えが出来てよかったです。

わずか2泊3日の検査入院でしたが、生きていることのシアワセを感じました。





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まっさらパソコン

思いがけなく、
昨日昼前に修理中のデスクトップが我が家に戻ってきました。

送り出したのが29日、到着が昨日なので
検査、見積もり、承諾、修理(換装・再インストール)
→発送までわずか2日間という短さです。

pc-back1.jpg

さすがというか,作業が単純すぎたというか・・・。
素人の私がトラブル解決に使ったエネルギーに比べれば、「職人技」です。

pc-back2.jpg
箱から取り出し、アイロン台に置いてみました。

これから
これまで使っていたようにするには、どのくらいかかるんでしょう・・・。

同梱されていた修理内容と金額。

確かにメニュー通りでしたが、
Windows10搭載のこれよりも高性能中古デスクトップが買えますね。

pc-back3.jpg

Windows7にダウンシステムされた古女房?みたい・・・。
私好みの色に染めるには、
始める前からいささか疲労感を感じてまいりました。

電源をONに・・・。
懐かしい?Windows7のデスクトップ画面になったのですが、
プログラムを見れば、
当然のことながら、数年かけてインストールしたソフトはありません。

さてさて、
これからネットやプリンターなどの基本接続ができたら
サポートが終わるこれから数年の間、
何とかおだやかに生きながらえさせるよう取り組まねばなりません。

と、始めたのはよかったのですが、
いきなりそそり立つ「北壁」?にぶつかりました。

Windows7を
SP1にバージョンアップしないとダメだということがわかったからです。
ところがそれを行うために
ブラウザをInternet Explorer 9 にしなければなりません。
この作業のためには、Win7をSP1に、と鶏が先か玉子か問題になって
約2日間、あらゆる知恵を集めて取り組みました。

やむなく一時的にブラウザをGoogle Chromewoをインストールし
ようやくWin7をSP1にあげて、そしてInternet Explorer 9 に出来ました。

いつものソフトを再インストールするのは、これからです。
 
苦労はつづく、どこまで続く・・・であります。





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Mさんの、「大変なんです!」

1ヶ月近くもブログの間が開いてしまいました。

先日、
6年余メイン機として使用していた
デスクトップEndeavor MR6900がクラッシュし、
いま修理センターに出しているところです。

ゆえに
ゴリゴリ使えるパソコンがなく、
古いノートで、息も絶え絶えに細々とネットに接続しています。

「ラブストーリーは 突然に」といっても
わかる方はそこそこの年月をへた方だけでしょうね。

クラッシュの予兆?はありました。

いけないのは私。

Window10のアップグレードは保証としない、という
EPSONの情報を確認せぬまま、1年以上も使っていた報い?がついに来た!

この情報を知ったのは
八方ふさがりでサポートデスクに電話した3日前のこと。

何日か、ふたを開け、
ハードディスクやメモリ、拡張ボードなどを抜き差し、
再起動を試みましたが不安定な状態がなおりません。

30回に1回くらいは
デスクトップ画面になってくれるときもあるのですが、
再起動するとハードディスク読み込み画面のまま・・・・。

そのうち
青い画面になって修復プログラムを動かすのですけど
やはり「修復できませんでした」と冷たいお返事(メッセージ)。

そこである程度腹を決めました。
初期化やむを得なし・・・。
なんだか虫の知らせで、
画面が青くなる前に1/5ほどデータをバックアップしておりました。

でもシステムディスクも受け付けず
これ以上は自力では不可能との結論に至りサポートに電話をしたのですが、
一連の症状を説明すると、
アップグレードできない機種をむりやりWindows10にしたのが原因?とのこと。

修理センターで
出荷状態(Windows7)に戻す(初期化する)しかない、とのお返事でしたが、
何とかハードディスク内のデータの一部でも、と食い下がると
そこそこの費用がかかると言われました。
でも専門の業者にお願いするより遙かに安いので、
見込みがあるなら、と依頼しました。

この写真は、
引取前夜にEndeavor MR6900のおなかを開けてお別れしているところ。

Epson-1.jpg

連れが聞いたら
卒倒するような金額のソフトを6年間にインストールしていますが、
それがすべて消えます。

昨日FAXで見積書がきました。
金額も大事ですが、ハードディスク救出の可能性は?

駄目でした。

読み込めないので、
使い続けるのならハードディスクそのものを交換し出荷状態に戻す、
これしかない、との内容。

次に見積金額に目を移したら、
新品の1T(テラ)の交換代も含むので
本機よりスペックの高い中古デスクトップが買える金額でした
(その仕様:Windows10、メモリ 8G、ハードディスク 500G,Office付など)。

2晩寝て考えた結論は、
センターに送り、まっさらなMR6900の帰りを待つこと、でした。

修理代諸掛かり+Adbe、Office、映像制作など
新規にソフトをインストールするため購入する総額を単純計算すると
とんでもないものになります。

そこで、「もはや これまで」と覚悟を決め、
これまで25年弱のパソコン拡張政策に終止符を打ち、
体の老化に合わせて、
パソコンも終活(デジタル遺産)させることにします。

「もうこれ以上パソコンを増やさないでねっ!」
という連れの一言も効いています。

来週末には、
修理センターから「生成り?」でお戻りでしょうが、
それから、ATOKを入れ、家のLANに接続し、
2台のプリンター、スキャナーなどなど気が遠くなような設定を行います。
気が遠くなります。
フリーのソフトで何とか代用させることも考えねば・・・。

「所さんの 大変ですよ!」(NHK)のような前向きではなく
まさに「トホホ・・・」の大変なんです。

でも前向きにがんばります。

何とかできるようになったらご報告します。

パソコンは
メーカーとかプロバイダーのホームページで
こまめに情報を丹念にチェックしましょう。

昨年7月のMicrosoftのバージョンアップお勧めにのって
1年後こういうことを招いてしまった私であります。

Wndows10も頻繁に大中小のバージョンアップをしています。
我が愛機は、この夏前後のアップについていけなかったようです。

残念~!







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リバプールから届いたもの

そろそろ到着の時期かな、と
楽しみにしていた郵便物が先日届きました。
リバプールのSさんからのものです。

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開けて見ると
20種類を超えるパンフレット、リーフレットの数々。
ずっしり重く2kg近くもあります。

from-Simon1-20161104.jpg

これは12月に
都内の公共施設で20人ほどのお話し会に招かれたので、
その時ご参加のお客様に見ていただくため資料になります。

「小さなイベントだが、
これを機会にリバプールとナショナルトラストのPRもしたい・・・」。
そうメールで送ったところ、すぐに返事があり
快く引き受けて下さいました。

Simonさんからのメモ.jpg

Sさんにパンフレットが確かに届いたことを知らせるため
連れに袋と封筒を手に持った私を撮ってもらい
感謝のメールに添付しました。
後ろの額は、彼の奥さんの刺繍作品。季節感あふれるいい作品です。

I-LOVE-LIVERPOOL-1-20161105.jpg

最初にお目にかかったのは
2004年の春、
リバプールの超有名な観光スポット・キャヴァーンクラブでした。

特別展企画要請で、
リバプール観光局との打ち合わせは、なんと昼間!のキャヴァーン。
そこに関係する人たちが集まり、
こちらの企画意図をプレゼンしました(もちろん通訳付で)。
そこでNational TrustのSさんと初めて知り合いました。

キャバーン前で 2003.jpg

彼が仕事で日本に来たとき、
2人で京都日帰り旅。
新幹線も車窓からの富士山も、もちろん京都も
私と彼にとっては忘れられない思い出になりました
(1日中、英語のヒアリングとトーキングの勉強みたいでした)。

彼はここだけは必ず訪れたい、
というところを知らせてくれましたので、効率よく回りました。

リバプールは
彼を通じて私にとってのすきな街になりましたね。
彼とのお付き合いも12年続いています。

LiverpoolRiverside.jpg

いつか「リバプールに恋して」、
なんていうシリーズでもアップしたいですね。



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さらば BOSE LS-18

連れと一緒にNHKBS「団塊スタイル」で
「誰にでも訪れる”死”どう考える」をみた影響からかも知れません。
我が家の課題であった大物家電の整理にようやく着手。
そのひとつが、足かけ12年も使い込んだ
DVDホームシアターシステム、BOSEのLS-18 の処分でした。

毎日聴いたり観たりしてきたわけではありませんが、
BOSE特有の何とも言えぬ広がり感は、
音響についての門外漢、素人の私にとっても魅力的でした。

しかし読み込み、接触不良(自損)など
加齢?(経年劣化)により
耳を澄ますとやや異音が感じ取れるようになってきまして
連れには不評でした。
テレビの音もDVD,CDもこのBOSE経由でした。
2回ほど修理に出すなどの病歴?もあり、さてどうするか・・・。

この数ヶ月、本機をどう扱うか悩みましたが、
修理に出すにしても全体で22.5kgもの超重量ゆえ、そのままにしておりました。

しかし、冒頭の番組をみた影響でしょう、
昨日ようやく処分することにしてネットで来宅引取の業者さんを探し、
今日来ていただきました。

これは前夜片付けはじめたLS-18 。
プレーヤーの後ろに9mものコードが山のようになっています。
超特大のウーハーは、
これまでこうして起こさず、横に寝かせ使っておりました。

Bose20161104.jpg
BOSE-3-20161104.jpg

業者さんが引き取りに来て
ソファの後ろまで伸ばしたリア用のコードも外し、
すべて取り外して持ち帰られました。

私と連れはトラックが見えなくなるまで見送り、
ほんのさっきまでその存在感を見せていた空間を振り返りました。

BOSE2-20161105.jpg

まだ耳の奥にあのウーハー音が聞こえてくるような感じです。

薄っぺらなテレビ音?にはどうしても馴染めず、
「せめて2.1chのサウンド・バーなどあったらいいなぁ~」、と
連れの前でひとりごとを申している私であります。

もうぜいたくは言えない状況ではありますが・・・・。




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最近読んだ本

1ヶ月も間を開けてしまいました。
それに堪えられなくて、最近読んだ本の画像のみアップ。
ちょっと身辺落ち着いてきましたら
本についてのコメントなど少々書き込むつもりです。

歳のせいかこんな本の数々。
20161013読んだ本3.jpg

20161013読んだ本4.jpg

江戸時代の築城や
土木工事にずっと関心を持ち続けているので、こんな本も加わりました。

20161013読んだ本2.jpg

20161013読んだ本1.jpg

徳川家康が関東に移封される直前から
江戸の都市計画をはじめていたなどという話は
元ゼネコンOBとしては、手に取るように?理解できます。
街の要は上水と下水、そして道路・・・。
400年以上も前のことですが、
今どきの某計画のような縦割りにしない情報共有と意志決定がすご~い!

新聞やテレビに報道されているような
信じられない話(計画)は、「血税」という感覚欠如からなのでしょう。

天を仰いで家康殿の御裁可をいただきたい気分。

また、大名の資格要件は1万石以上なのに、
喜連川藩は
5千石でも大名で江戸城中にあっては大大名より上席であったわけなど、
昨今の古文書を読み解く学問の進化は、いろいろなことを教えてくれます。
実におもしろい!

今日はここまで。

申し訳ございません。


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私は なにを 残せるか・・・

この夏に
姉の不幸があったからではありませんが、
最近「私は なにを 残せるか?」をよく考えるようになりました。

先月、
月に一回通う内科(糖尿病)クリニックで
追加の心肺機能の検査を受け若干不調があったのですが、
先生から「造影冠動脈CT」の受診指示を受けたことも原因のひとつ。

また、つい最近
「生前整理」を行った高齢者を紹介する番組を観ました。
入居先の施設は狭い一部屋ゆえ、
愛着のあるものも運び込むことが出来ない様子が紹介されていました。

これは他人事ではありません。

特に落ち込んではいませんが、
いま暮らしているこの状態の中で
「私は なにを 残せるか・・・・」を考えて始めています。

言い替えれば、残った家族や孫達は、
私についてなにを覚えていてくれるだろうか・・・ということ。
私は4歳で父が逝ったので、まったく記憶にありませんし・・・。

例えば
写真のように30数冊たまったこれらの手帳。
私でさえよく読めない、思い出せないところがたくさんありますし、
苦い思い出も蘇る出来事も書いてはあるものの、
果たしてだれかがこれを手にするか?読むか?

手帳38冊20160924.jpg

恐らく だれもいないでしょう・・・・。
いつかは処分されます(一般ゴミに出さないで!)。

現役時代広報部で
景気のいい頃には有力地方紙にも広告を掲載していたこともあり、
また、海外工事も多く
その取材や映像制作、ゴルフ、飲み会も多かったですね。
手帳を読み直すと相手の顔とその頃の思い出が蘇ってきます。

この手帳がすべてだとは思いませんが
私が生きていたひとつの「証」であることは確か。

でも、
連れやこども達など残されたものは取扱に困ってしまいますね。

撮った画像や映像は
時折デジタルのアルバムにまとめていました。
時には音楽も入れて・・・。
下のものは、その中のほんの数枚です。

デジタル記録7大.jpgデジタル記録2.jpgデジタル記録3.jpgデジタル記録4.jpgデジタル記録5.jpgデジタル記録6.jpg

なにやかにやと
いまや100枚以上になっているCDやDVDアルバムをどうする?

私の子どもの頃からの趣味の「戦車」。
もちろん、6年前に行った英国「戦車博物館」への一人旅の映像・画像はありますし、
いつのまにかため込んだたくさんの戦車本の存在も・・・・。

デジタル記録tank1.jpgデジタル記録tank2.jpgデジタル記録tank3.jpg

ジョンやビートルズの
CDやDVDもだいぶたまっているし・・・、なんとかせねば。

いくら何でも自分でいまから
不要品として処分するのは、あまりにもかわいそう~・・・。

健康年齢でいる間、残すか残さないかを判断し、
これが「私の人生」だったと言えるものに集約して、
触れられるもの、読めるもの、観られるものにいたしましょう。

デジタル記録がすべてではなく、
ほんの少し五感に蘇るものを考えようと思いますと、
そう考えると何だか張り合いも出てきて、元気に暮らせそうです。

ジジはこういう人だったんだ・・と
孫たちに伝えられたら、うれしいですね。

ああ、忘れていました。
連れとの暮らしぶり(行事・旅行)なども残しましょう。
40年以上一緒に生きてきたんですから、とっておきの1枚?にいたします。
プリントのアルバムも残さないと、
高齢者(連れ)にパソコンを立ち上げさせ、キーボードはちょっと、ですものね。

もうひとつ忘れていました。このブログの存在です。
デジタル遺産というのは簡単ですが、いつか落としどころも考えねば・・・・。

連れの心配よりは、
私自身の脳の衰えも考慮せねばなりません。
まだまだやることはいっぱいあるから、
せめて75歳までは元気でいなければ・・・と思っております。



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年配者でいっぱいの映画

久しぶりに
連れと一緒に近くのシネコンへ行きました。

この日は台風の影響で大雨。
ショッピングセンター併設の地上の駐車場は満杯で、
屋上の駐車場へ行くのに30分もかかりました。
その上、
傾斜通路途中でのブレーキ、アクセル、ハンドブレーキの連続。
半世紀以上前に通った教習所の方がずっと楽でしたね。

なんと午後の部は、年配者でいっぱいです(私たちも含め)。
ここができて8年近くになりますが、
こんなに観客がいるのは初めてだと連れと話をしました。

映画のタイトルは、
「超高速!参勤交代リーターンズ」。
前作も観ましたし、
私は単行本も読みましたので、広告が気になっていました。

超高速リターン1.jpg
超高速リターン2.jpg

小説は読んだ後に
映画前作「超高速!参勤交代」も連れと観ましたが、
今回の「リーターンズ」ほどお客さんは多くありませんでした。

なのに今回はなぜ?

前回の作品を新聞や雑誌で採り上げ、
TV内で番宣のような番組も多かったせいでしょうか?

で、はたと気がつきました。
私たちが観に行ったその日は「敬老の日」の午後。
いつもシネコンに行くのは
平日の午前9時過ぎの初回のときばかりです。

この日は朝になってから急に連れが、
「行こうか?」と言うので、
いつもの通り、「かしこまりました」(?)と返事。

年配の観客が多いのは「敬老の日」だったからでしょう。
それに、この映画は
ストーリーが「勧善懲悪」の流れです。

つまり、
むかしの東映映画、悪と正義の黒白がはっきりしていること。
とてもわかりやすいし、やや過剰?な殺陣(斬り合い)もある・・・・。
笑いを取るシーンも多いので、上映中にたくさんの笑い声。

映画鑑賞中に、
観客のごくごく自然な大きな笑い声を聞いたのは初めてでしたね。

昨今の映画やテレビドラマは、
登場人物の心理的描写や過去に戻るシーンと
現在との行きつ戻りつが多いので、私の脳の処理がついていけないのです。

ゆえにこの映画は、大変わかりやすい。

日頃は己の肉体的な経年劣化を直視せず、
なるべく衰えを考えないようにしてきたものの、
やっぱり?観客と一緒に笑ってしまった私がおりました。

終了後、
お茶でもと考えたのですが休日ゆえどこも満席。
では、と車で20分の自宅に直ぐに帰り、
インスタントコーヒーで「Tea for two」。

連れの感想
「ちょっと内容にムリがあるわね。
何だか斬り合いだけがてんこ盛りで、妙にリアルで・・・。
大名行列って石高に関係なく格式があるんでしょう?」

観ながら「これはないわな・・・」と思ったのですが、
たまにはこういうドタバタ映画?も私はおもしろいと思いました。

江戸時代、大名と称されるのは1万石以上と理解していました。
これも1万石から加賀百万石(内容はずいぶん違うけど)まであり、
ほとんど裕福なところはなかったことは知っていました。
ゆえにお金の工面のところは、よくわかりました。

私の田舎、越後高田藩の参勤交代については
2年前、前作を観た感想の時に2本アップしています。
お時間があればご笑覧いただければ幸いです。

「超高速!参勤交代」 越後高田藩の場合 その1
http://chizunoko.blog.so-net.ne.jp/2014-06-22

「超高速!参勤交代」 越後高田藩の場合 その2
http://chizunoko.blog.so-net.ne.jp/2014-06-22

今回の映画の舞台「湯長谷藩」のような
小藩の苦労話は、またいつかまとめたいと考えています。




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入院雑感 その5 病気と健康

腕のID.jpg
↑入院時、案内されたベッドで最初にIDバンド

もう入院・手術も3年間で3度目ゆえ、
それなりの覚悟のようなものを持って入りました。
入院前に、
内視鏡での手術ということを連れともども聞いていましたので
余り深刻に考えませんでした。

手術時間も
食道がんのときの半分以下、わずか2時間半でした。

しかし、つい先日、
連れともども先生から術後の病理検査の結果を聞いたとき、
一瞬凍てつきました。

「Mさん、
病理検査で切り取った部分を詳しく調べたところ、
これは前がん状態ではなく、
本当のガンであることがわかりました。
もう1ヶ月遅ければ、
さらに深く進んで、結構大変なことになるところです。
本当によかったですね。」

連れと顔を見合わせました。
思わず涙ぐんでしまいました。

1ヶ月半ほど前、
食道の術後観察で内視鏡検査を受けたとき、
「経過は順調で問題ありませんね。
食道やって、胃をやって、
残っているのは大腸だけですから、やってみますか?」
と先生に勧められました。

「そうですね。これさえ済めば消化器系たて系列は、安心ですね」

本当に軽いのり?で検査の日時を決めて受診しました。

そして言われたのが
大腸結腸部の「早期悪性腫瘍(前ガン)ではないか」。

これが前がんではなく、
真性?のガンだと生理検査の結果わかりました。

先生いわく
「大腸がんは、潜血が見られたら
かなり進んでいると思わなければなりません。
Mさんの場合は、食道から胃、大腸というように、
心配なところを早め早めに処置していったので、うまくいきました。

3年前、たまたまMさんが人間ドックに入られたとき
自分が内視鏡の担当であったことからこれは始まっています。
これは何かの縁でしょう。
私の専門が食道がんであったのも幸いしました。
これは本当に偶然の重なり合いです。

Mさんが、(ちゃぶ台返しで)
会社をお辞めになったからこそのドッグ入りですものね(笑)。」

人が病に罹るのは、計算されていることではありません。
もちろん血筋系もあるし、
日常生活の乱れ、酒、たばこが遠因のこともあります。
そのほかの大きな要素にストレスもあります。

人間のシステムは実にうまく出来ていて
何か異常が起こると、必ず警報を出してくれます。

問題は、自覚症状を
いつ、どこで、どう感じ取れるか、でしょう。
具合が悪くなってから、では時には遅いこともあります。

私のように臆病者にとっては、大ごとになるのがとても恐い・・・。
だから、先生の提案は、すぐに受け入れてしまいます。
でも、鵜呑みにはしません。
事前事後に結構真剣かつ一生懸命情報を集め、
先生のいうことが、素人なりにもわかるように努めます。

病院に入院すると、
まわりはみんな当たり前ですが、病人です。
4人部屋なら、4人とも病名も症状も違いますし、生活も違う。
私の今回のように、
比較的軽度な患者もいれば、重篤な患者さんもおられる。

フツーである、まぁ健康であることのなんと大切なこと!

病理検査の結果を聞くため
消化器系内科の待合室で待っていますと、
夫婦連の方、
いままさに現役でバリバリとお見受けする方など
さまざまです。

それぞれの患者さんには
その数だけいろいろ事情があり、ドラマがあるはずです。

その重みを感じながら
これからも残った日々を大事に過ごしたいと思います。

(完)




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入院雑感 その4 重湯のありがたさ

今回も内視鏡による手術ゆえ、
術前には消化器系はすべてキレイになっているのが条件。
前日も昼、夕とも軽めのものでした。

手術当日は「その1」にも書いたように
壮絶なる下剤との一騎打ち?があったんですが、
そのあとは、丸二日半は点滴のみ。

お腹はすいているはずなのにそう空腹感がありません。
オシッコにも回数は少なくても何回か行きます。
その理由は、1日中続く点滴のせい・・・。

でもさすがに2日目を過ぎると何か欲しい・・・。

動くと空腹を感じるので、ベットでじっとしているのですが、
ようやく待望の「食事」が出ました。

重湯.jpg

重湯の内訳-20160825.jpg

重湯200gです。

もちろん味はありませんが、なんと美味しかったことか・・・・。
具なしの汁もの(すまし汁、パンプキンポタージュ)もじっくり味わいました。
ちょっと驚いたのは、ヨーグルトと豆乳が付いたこと。
これも美味しくいただきました。
これで総カロリーは、375カロリー。

驚異の遅さ?で、食べ始めて20分。
出されたものは、すべて完食しました。

日ごとに
重湯→三分粥→五分粥→七分粥へと進化していきます。
ありがたいことだと思いました。

七部かゆ.jpg

手術の前日(本格的な?下剤開始前)に、
おやつがでました。

手術前日のおやつ.jpg

わずかでしたが、本当に美味しくいただきました。

(続く)









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入院雑感 その3 入院便利ツール

これまでの
数少ない入院体験から予め用意したモノが3つあります。

ひとつは、
ベッドの柵にくくりつけたプラスティックのカゴ。
百均で買っておきました。
これをパソコン用コードを結束する細い針金で留めます。
あらかじめ
柵のおおまかな太さを想定し、必要な長さを切って持って行きました。

枕元の箱.jpg

この中に、
ラジオやスマホ、メガネ、腕時計を入れます。

ベッド脇のテレビが置いてある脇机は
そうゆとりはないし、しっかり手を伸ばさないと届きません。
このカゴをくくりつけたおかげで、
横になっていても簡単に取れ、大変便利になりました。

もうひとつは、3口コンセントと
スマホやモバイルルーター、ノートパソコンなどの
USB充電器(5ポート)です。

USB-5口電源.jpg

ベッドの脇下には
コンセントが設備としてありますが、2口あってもひとつはテレビ専用。
空いているのは残り1口だけとなります。
そこで家にあった余分なコンセント(3口)と
いつも使っている充電器を外して持ち込みました。

充電するのは夜間のみ。
昼間は点滴を提げながらの行動ゆえ、コードが絡むリスクを避けるためです。

3つめは、これ。

ホワイトボード.jpg

下剤の話の時にも書いた、小さなホワイトボード。
これも百均です。サインペンとクリーナーが付いています。

看護師さんの
検温、採血、血圧測定の時間はおおまかには決まっていますが、
私がいないとき(トイレ、デールーム、売店)に来られることもあります。
そこで、
ベッドを離れるときに、ひとことメモを書いておきました。

ある看護師さんに、
「Mさんは、入院慣れ?していますねぇ~」と笑われましたが・・・。

(続く)






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入院雑感 その2 時間の流れ・・。

病院での1日の時間は
私にとってはとても長く感じました。

37年前の
「胆のう摘出」での入院は1ヶ月弱でした。
3年前の食道がんの時は10日、
2年半前の食道の時は4日、そして今回は10日間。

術後3日間は、
空腹感を我慢してひたすらベッドの横たわっているだけですので、
時の流れがゆっくりです。

病室のベッド.jpg
枕元の張り紙.jpg

見えるものは、
トイレに行く以外、天井と点滴だけです。

天井と点滴.jpg
点滴説明.jpg

点滴はとても大切なのですが、行動力と気力を減衰させますね。

仕方なしに
ベッドで横になっていますと、いろいろなことを考えてしまいます。

「さて、退院後も仕事を続けるか・・・」

「辞めるとなれば、私の色を希釈した研修の基本的なことをまとめねば・・・」

「あと、何年元気でいられるだろう・・・」

「体も頭も何とか動けるうち に、これまでを総括せねば・・・」

イヤフォンで聞くテレビは、つまらない。
ラジオも入らない局があるし、
持ち込んだ文庫本もそう長くは読めない。

ウトウトすることもならず、
先生の回診や体温・血圧・血糖値の定時の検査、
点滴を取り替えに来る看護師さんの呼びかけだけが生活にリズムをつくります。

そのストレスが頂点行きそうなとき、
たまたま病室から見えた日没直後の富士山のシルエット・・・・。
かなり長いことじっと見ていたら、心がおだやかに。

富士山.jpg

朝5時の目覚めから消灯の21時まで、なんと長い1日なのでしょう・・・。

(続く)


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