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1枚の写真
これは先日行ってきた、
英国「The Tank Museum」のショップで買った本の6頁目。

右の老人が、
1台の戦車と向き合っている写真です。
右の老人は、Peter Gudgin氏。
左の戦車は、Tiger Ⅰ。
Gudgin氏搭乗の英国戦車によって
1943年4月21日に北アフリカ・チュニジアで撃破されました。
つまり、
自分が仕留め、リストアされた戦車と68年ぶりにご対面、というわけ。
この写真が載っている本がこれです。

値段のシール。この数字が面白かったです。

私は、この写真に釘付けになりました。
どんな思いが過ぎったのでしょうか?
若い頃の思い出? 感傷?
いえいえ、
こちらが撃たねば、むこうが撃つ、まさに、生と死の対峙なのです。
時の流れを感じさせる1枚でした。
このほかにも厚い本を買い込みましたので
重かった・・・・。
このTiger Ⅰ、
展示されているのですが、動きます。
http://www.youtube.com/watch?v=vMu10wZ8wxE
http://www.youtube.com/watch?v=dR9f6zrh4dM&feature=fvwrel
本当は、
このイベントが開かれる6月下旬に行くのが最高!なのですが・・・。
英国「The Tank Museum」のショップで買った本の6頁目。

右の老人が、
1台の戦車と向き合っている写真です。
右の老人は、Peter Gudgin氏。
左の戦車は、Tiger Ⅰ。
Gudgin氏搭乗の英国戦車によって
1943年4月21日に北アフリカ・チュニジアで撃破されました。
つまり、
自分が仕留め、リストアされた戦車と68年ぶりにご対面、というわけ。
この写真が載っている本がこれです。

値段のシール。この数字が面白かったです。

私は、この写真に釘付けになりました。
どんな思いが過ぎったのでしょうか?
若い頃の思い出? 感傷?
いえいえ、
こちらが撃たねば、むこうが撃つ、まさに、生と死の対峙なのです。
時の流れを感じさせる1枚でした。
このほかにも厚い本を買い込みましたので
重かった・・・・。
このTiger Ⅰ、
展示されているのですが、動きます。
http://www.youtube.com/watch?v=vMu10wZ8wxE
http://www.youtube.com/watch?v=dR9f6zrh4dM&feature=fvwrel
本当は、
このイベントが開かれる6月下旬に行くのが最高!なのですが・・・。
英国ひとり旅 その20 番外編
このたびの
旅の綴りも20本目となり、ここでおしまいにいたします。
が、思い出すことをメモ風に残したいと思います。
■やっぱりホテルにバスタブは欲しい。
ロンドンのホテルはバスタブ付きで割高、
リバプールは
シャワーだけでしたのでロンドンの約6割程度の値段でした。
何せ風呂屋の育ちゆえ、
海外へ行っても浴槽が欲しい・・・・。
足を伸ばして首までつかり、温まりたいのですが、
これがぜいたくとよく言われます。
ロンドンのホテルのバスルーム。
水栓がうまく操作できず、
フロントに電話をして待つこと10分女性スタッフがきました。

「What kind of problem happened?」
これまでと違う操作性ゆえ、裸になる前に電話したのです。
彼女は、
「こうまわすとね、お湯。
そうして、こうひねると、水だから」、
とていねいに説明してくれたので、
「I really understand・・・」と答え、チップを渡しました。
でも、本当は理解していなく、
お湯のつもりが水になり、またその逆となって
計5泊したのですが、「いい湯加減~」にはなりませんでした。
これはシャワーだけのリバプールのホテル。

すごくシンプルで、
機能的でしたが、私はやっぱりバスタブが欲しかった・・・・・。
でも全体の感じは良かったし、
朝食(宿泊費に含まれる)もとても美味しかったです。
ここはお勧めです。下の写真は、明るいロビー。

The National Trustの
ポールとジョンの家をまわるツアーバスです。

■ロンドンへの飛行中
ロンドンへ向かう最後尾の隣席は中年の女性でした。
遠慮がちに、
私「英国は初めてですか?」
彼女「2回目です。今度は1ヶ月ホームスティをするんです」。
私「すごいですね。ご家族理解があるんですね」
彼女「ええ、主人が成田まで送ってくれたんです」
私「どちらからいらしたんですか?」
彼女「ご存じないかもしれませんが、新潟県の栃尾というところです」
私「え~、私上越市高田なんですよ」
彼女「城址公園の桜が有名ですよね、私何度も行ったことがあります」
幼稚園の園長さんである彼女としばらく話が盛り上がりました。
彼女、すごくお酒が強く、
食事の前後のドリンクタイムには、
ビール、ワインなど召し上がるものですから、
私もいい気になって飲み過ぎ、トイレの回数が増えました。
それにしてもご自分の夢を家族に話し、
ご主人もお子さん方も賛成して、お母さんを送り出す・・・。
いいお話しでした
(かく言う私も、連れの理解がゆえに、こうしてひとり旅ですから、
ありがたいことだとお思います)
■昼間のビールは、「No Problem」?
7年前に初めてリバプールへいったとき、
ビートルズの4人達が行ったパブをできる限り回って
店のコースターを集める、という仕事?がありました。
最初の店で飲み過ぎ、
2店目をまわっているうちに、どうでも良くなって・・・・。
初日は2店、翌日2店と消化していったのですが、
結論を言うと、もくろみは失敗!
店のコースター、
ビール会社から提供されたもので、オリジナルはなかったのです。
3度目のリバプールは、仕事ではありません。
でも、やっぱりパブに入ってハーフパイント。

ロンドンでのひとり歩きのときも
吸い寄せられるようにパブに入って一休み。
昼でも夜でもお客さんがいます。
英国ではいつでもOKなのでしょうね。
地域のコミュニティみたいな場所ですものね。
■総括
いい経験をしました。
冷たい肌(Tiger Ⅰ)にも触られたし、
我々が日本でつくったMendipsの模型も、リバプールで見た。
一人で地下鉄も乗れたし、乗り換えも出来た。
ロンドンで大事なcapをなくしたけど、
Tank Museumのスタッフが好意で送ってくれた・・・
目的を叶えてくれたすべての人(まず、連れ)たちに感謝!
名残惜しいけど、
「英国ひとり旅」シリーズは、これにておしまいです。
また何か思い出したらアップします。
これから撮影した写真の整理をします。
スライドショーみたいに音楽(ジョンの曲?)も入れたいです
(著作権をクリアせねばなりません。
私的使用で我が家だけの使用なんですけど・・・)
ありがとうございました。
旅の綴りも20本目となり、ここでおしまいにいたします。
が、思い出すことをメモ風に残したいと思います。
■やっぱりホテルにバスタブは欲しい。
ロンドンのホテルはバスタブ付きで割高、
リバプールは
シャワーだけでしたのでロンドンの約6割程度の値段でした。
何せ風呂屋の育ちゆえ、
海外へ行っても浴槽が欲しい・・・・。
足を伸ばして首までつかり、温まりたいのですが、
これがぜいたくとよく言われます。
ロンドンのホテルのバスルーム。
水栓がうまく操作できず、
フロントに電話をして待つこと10分女性スタッフがきました。

「What kind of problem happened?」
これまでと違う操作性ゆえ、裸になる前に電話したのです。
彼女は、
「こうまわすとね、お湯。
そうして、こうひねると、水だから」、
とていねいに説明してくれたので、
「I really understand・・・」と答え、チップを渡しました。
でも、本当は理解していなく、
お湯のつもりが水になり、またその逆となって
計5泊したのですが、「いい湯加減~」にはなりませんでした。
これはシャワーだけのリバプールのホテル。

すごくシンプルで、
機能的でしたが、私はやっぱりバスタブが欲しかった・・・・・。
でも全体の感じは良かったし、
朝食(宿泊費に含まれる)もとても美味しかったです。
ここはお勧めです。下の写真は、明るいロビー。

The National Trustの
ポールとジョンの家をまわるツアーバスです。

■ロンドンへの飛行中
ロンドンへ向かう最後尾の隣席は中年の女性でした。
遠慮がちに、
私「英国は初めてですか?」
彼女「2回目です。今度は1ヶ月ホームスティをするんです」。
私「すごいですね。ご家族理解があるんですね」
彼女「ええ、主人が成田まで送ってくれたんです」
私「どちらからいらしたんですか?」
彼女「ご存じないかもしれませんが、新潟県の栃尾というところです」
私「え~、私上越市高田なんですよ」
彼女「城址公園の桜が有名ですよね、私何度も行ったことがあります」
幼稚園の園長さんである彼女としばらく話が盛り上がりました。
彼女、すごくお酒が強く、
食事の前後のドリンクタイムには、
ビール、ワインなど召し上がるものですから、
私もいい気になって飲み過ぎ、トイレの回数が増えました。
それにしてもご自分の夢を家族に話し、
ご主人もお子さん方も賛成して、お母さんを送り出す・・・。
いいお話しでした
(かく言う私も、連れの理解がゆえに、こうしてひとり旅ですから、
ありがたいことだとお思います)
■昼間のビールは、「No Problem」?
7年前に初めてリバプールへいったとき、
ビートルズの4人達が行ったパブをできる限り回って
店のコースターを集める、という仕事?がありました。
最初の店で飲み過ぎ、
2店目をまわっているうちに、どうでも良くなって・・・・。
初日は2店、翌日2店と消化していったのですが、
結論を言うと、もくろみは失敗!
店のコースター、
ビール会社から提供されたもので、オリジナルはなかったのです。
3度目のリバプールは、仕事ではありません。
でも、やっぱりパブに入ってハーフパイント。

ロンドンでのひとり歩きのときも
吸い寄せられるようにパブに入って一休み。
昼でも夜でもお客さんがいます。
英国ではいつでもOKなのでしょうね。
地域のコミュニティみたいな場所ですものね。
■総括
いい経験をしました。
冷たい肌(Tiger Ⅰ)にも触られたし、
我々が日本でつくったMendipsの模型も、リバプールで見た。
一人で地下鉄も乗れたし、乗り換えも出来た。
ロンドンで大事なcapをなくしたけど、
Tank Museumのスタッフが好意で送ってくれた・・・
目的を叶えてくれたすべての人(まず、連れ)たちに感謝!
名残惜しいけど、
「英国ひとり旅」シリーズは、これにておしまいです。
また何か思い出したらアップします。
これから撮影した写真の整理をします。
スライドショーみたいに音楽(ジョンの曲?)も入れたいです
(著作権をクリアせねばなりません。
私的使用で我が家だけの使用なんですけど・・・)
ありがとうございました。
英国ひとり旅 その19 さようなら・・・だと思ったら vol.2
今回の旅行の実施については、
2年前から具体的に計画していました。
ミュージアムを閉館し、リタイヤも出来たので
さぁ行くぞ、とかなり詰めていたところで、東北大震災。
とてもそんな重荷にはなれません。
向かいの義父母達も年ごとに高齢化して行きますし、
夢見るだけで終わるかも・・・・と次第に思うようになりました。
しかし、
自分の人生の中で何だか悔いが残りそうな思いも・・・・。
で、
連れには研究?している姿をそれとなくアピールし、
「本当に行くの?戦車とリバプールだけなの?」と
多少のイヤミ(適切な言葉が見つかりません)を言われながらも、
とうとう行けたのです。
その思い出の一品(cap)を置き忘れて帰国しました。
Tank Museumの
web shopを2,3日眺めていたのですが、販売されていません。
どうしてもあきらめきれず、
私は、workshopの担当者Jさんにメールを出しました。
結論を言うと、このような文章が届きました。
Dear Mr M,
Thank you for your email.
I am glad that you have received the replacement cap
and that you enjoyed your visit to the Tank Museum.
Should you visit the UK again and wish to come to the
Museum again, please let me know.
With kind regards
J
「私は、どうしてもこの帽子を買いたい。
26日に行ったとき、ショップで買って、帽子をかぶって写真に撮った。
支払い方法は、送料含めそちらに従うので、買えるだろうか?」
メールには、私が帽子をかぶっている写真とレシートを画像にして添付しました。


私の問い合わせメールの返信を待っていました。
5日に送信していますので
1週間か10日ほどで返信があると信じていました。
そして15日、会社から帰宅したら・・・・。

私は感極まりうれし涙・・・を。
だって気持ちが通じたのですから。
ミュージアムで館長をしていたとき
これと同じ事を逆の立場でやっていました。
どうしたらお客様の気持ちをカタチに出来るか・・・・と。
私はひとしきり感激にひたり、
連れに、帽子をかぶるから写真撮って!とお願い、
彼女もすごく素直にカメラを私に向けました。
そして、つたない英文ですが、
精一杯の感謝の文面を綴り、写真を添付しました。

そのお返事が冒頭の文面だったのです。
Should you visit the UK again and wish to come to the
Museum again, please let me know.
には、泣かされます。
万障繰り合わせ?、また戦車博物館へ行かねばなりません
(現実には難しくとも、そ~言う気持ちにさせます)。
かくして、
帰国してからも感動は続いているのでありました。
続く
2年前から具体的に計画していました。
ミュージアムを閉館し、リタイヤも出来たので
さぁ行くぞ、とかなり詰めていたところで、東北大震災。
とてもそんな重荷にはなれません。
向かいの義父母達も年ごとに高齢化して行きますし、
夢見るだけで終わるかも・・・・と次第に思うようになりました。
しかし、
自分の人生の中で何だか悔いが残りそうな思いも・・・・。
で、
連れには研究?している姿をそれとなくアピールし、
「本当に行くの?戦車とリバプールだけなの?」と
多少のイヤミ(適切な言葉が見つかりません)を言われながらも、
とうとう行けたのです。
その思い出の一品(cap)を置き忘れて帰国しました。
Tank Museumの
web shopを2,3日眺めていたのですが、販売されていません。
どうしてもあきらめきれず、
私は、workshopの担当者Jさんにメールを出しました。
結論を言うと、このような文章が届きました。
Dear Mr M,
Thank you for your email.
I am glad that you have received the replacement cap
and that you enjoyed your visit to the Tank Museum.
Should you visit the UK again and wish to come to the
Museum again, please let me know.
With kind regards
J
「私は、どうしてもこの帽子を買いたい。
26日に行ったとき、ショップで買って、帽子をかぶって写真に撮った。
支払い方法は、送料含めそちらに従うので、買えるだろうか?」
メールには、私が帽子をかぶっている写真とレシートを画像にして添付しました。


私の問い合わせメールの返信を待っていました。
5日に送信していますので
1週間か10日ほどで返信があると信じていました。
そして15日、会社から帰宅したら・・・・。

私は感極まりうれし涙・・・を。
だって気持ちが通じたのですから。
ミュージアムで館長をしていたとき
これと同じ事を逆の立場でやっていました。
どうしたらお客様の気持ちをカタチに出来るか・・・・と。
私はひとしきり感激にひたり、
連れに、帽子をかぶるから写真撮って!とお願い、
彼女もすごく素直にカメラを私に向けました。
そして、つたない英文ですが、
精一杯の感謝の文面を綴り、写真を添付しました。

そのお返事が冒頭の文面だったのです。
Should you visit the UK again and wish to come to the
Museum again, please let me know.
には、泣かされます。
万障繰り合わせ?、また戦車博物館へ行かねばなりません
(現実には難しくとも、そ~言う気持ちにさせます)。
かくして、
帰国してからも感動は続いているのでありました。
続く
英国ひとり旅 その18 さようなら・・・だと思ったら vol.1
かくして、私のひとり旅は終わりとなりました。
せっかちな私は、
予定していたHeathrow Expressよりも
Paddington駅から2本早い電車に乗りました。
そこで不覚にもうたた寝。
遠くの方で「ターミナル3」到着というアナウンスが聞こえます。
目を開けると、降りるべき駅、ターミナル3です。
慌てました、大きい荷物が2個、
それにディバッグを担ぎ、バタバタと降りました。
ANAのチェックインまで3時間もあります。
カウンターにこんな係員が立っておりました。
ANAは
Heathrow空港では肩身が狭い(発着便が超!少ない)ゆえ、
常時カウンターにスタッフがおりません。

だからボード姿のお姉さんがお迎えしてくれます。
チェックインにはあとだいぶ時間があります。
スーツケースの上に大きなバックを置き、
デイパックを背負って、
どこか時間の過ごすところを探さねばなりません。
ちょっとした放浪記?であります。
またパブもどきの店に入り、ビールを飲み始めたその時です!
私は、忘れ物をしていました。
あの戦車博物館で買ったロゴ入りのcapです。

それを電車に置き忘れたのです。
慌てて降りて、「まず確認!」をしなかった・・・。
ああ、思い出の品が・・・、私自身のお土産が・・・・。
鉄道会社の
遺失物係に問い合わせられる語学力はありません。
失意のまま、
Heathrow空港でなんと4時間すごしました。
空港の回転寿司屋。

チェックイン待ちの時間を過ごしたロビー。
中国系の若夫婦が1時間以上パソコンをしていました。

やっぱりあったZARA。

ようやくANA便の待合室にたどり着きました。早すぎたのでさみしい感じがします。

機内に持ち込んだ私の荷物。

ああ、大事なcapがない・・・・。
帰りの便も最後尾に席を確保。
なぜか3席のうち2席が空席ゆえ、肘掛けを戻し、
やや窮屈ながらも横になることが出来まして、成田に戻ってきました。
続く
せっかちな私は、
予定していたHeathrow Expressよりも
Paddington駅から2本早い電車に乗りました。
そこで不覚にもうたた寝。
遠くの方で「ターミナル3」到着というアナウンスが聞こえます。
目を開けると、降りるべき駅、ターミナル3です。
慌てました、大きい荷物が2個、
それにディバッグを担ぎ、バタバタと降りました。
ANAのチェックインまで3時間もあります。
カウンターにこんな係員が立っておりました。

ANAは
Heathrow空港では肩身が狭い(発着便が超!少ない)ゆえ、
常時カウンターにスタッフがおりません。

だからボード姿のお姉さんがお迎えしてくれます。
チェックインにはあとだいぶ時間があります。
スーツケースの上に大きなバックを置き、
デイパックを背負って、
どこか時間の過ごすところを探さねばなりません。
ちょっとした放浪記?であります。
またパブもどきの店に入り、ビールを飲み始めたその時です!
私は、忘れ物をしていました。
あの戦車博物館で買ったロゴ入りのcapです。

それを電車に置き忘れたのです。
慌てて降りて、「まず確認!」をしなかった・・・。
ああ、思い出の品が・・・、私自身のお土産が・・・・。
鉄道会社の
遺失物係に問い合わせられる語学力はありません。
失意のまま、
Heathrow空港でなんと4時間すごしました。
空港の回転寿司屋。

チェックイン待ちの時間を過ごしたロビー。
中国系の若夫婦が1時間以上パソコンをしていました。

やっぱりあったZARA。

ようやくANA便の待合室にたどり着きました。早すぎたのでさみしい感じがします。

機内に持ち込んだ私の荷物。

ああ、大事なcapがない・・・・。
帰りの便も最後尾に席を確保。
なぜか3席のうち2席が空席ゆえ、肘掛けを戻し、
やや窮屈ながらも横になることが出来まして、成田に戻ってきました。
続く
英国ひとり旅 その17 日本へ帰る日
最終日です。
フライトは19時ゆえ、たっぷり時間があります。
ずっと天気が悪かったのに、帰国の日が晴天とは・・・。
まず大きな荷物が2個あります。
この荷物を持って市内の移動はできませんから、
Paddington駅のどこかに預けねばなりません。
これも行く前から駅の案内図をダウンロードし、
大まかな場所は把握していましたが、一人で実践となると
腰が引けてしまいます。
リバプールへの行き帰り
Euston駅の構内でEさんに預け方を教わったのですが、
一人で別の駅となると・・・・。
Paddington駅も広いです(案内図では3Dになりません)。

荷物の一時預かりは「Left Luggage」と言います。
その看板を確認しました。

でもそこへ行くのには、右端の改札を通らねばなりません。
Eさんは、2,3日前に、
「Left Luggage、と言えば、大丈夫!」と言ってくれましたので
モゾモゾしながら、
スーツケースを見せ、
言おうと思った瞬間、先を越されました。
スタッフは、私の姿を見て「あっち」と指さします。
まぁいっぱい荷物を持ち、
Paddington駅に来るのですから、分かるんでしょうね。
20kgまでなら1個 1日3.5£ではなかったかと記憶しています。
帰国前の数時間ですので、負担になりません。
係の人は、
こんなtagを荷物につけ、私はレシートを受け取りました。

かくして重い荷物が消えて私は身軽になりました。
そのあとがうまく行かず
市内を地下鉄を利用して動こうと思ったのですが
乗換を間違える、
上下線を読み違えるなどドキドキするようなことが続きました。
South Kensington方面にも行きました。
駅を出てから長い地下道を歩きました。
ここで道を間違えました。やはり地上を歩いた方が無難です。

途中で、街の音楽家?に出会いました。
ビートルズメドレーをやっていたので、私一人で聴いていました。
結構うまかったので、
私は拍手をして、2ポンドギターケースに・・・・。


South Kensingtonは文教地区ですね。


何と彼に帰り道同じ場所で出会いまして、
そのミニ・コンサート?にまた聴き惚れ、1ポンド。
拍手をしたら,
何かリクエストはありますか?、と言われどぎまぎしました。
地下鉄駅を間違えないよう、何度も文字を読み返しました。

66歳の大冒険は終わりました。
あとは預けた荷物を受け取り、
ヒースローエキスプレスに乗って空港に向かうだけです。
続く
フライトは19時ゆえ、たっぷり時間があります。
ずっと天気が悪かったのに、帰国の日が晴天とは・・・。
まず大きな荷物が2個あります。
この荷物を持って市内の移動はできませんから、
Paddington駅のどこかに預けねばなりません。
これも行く前から駅の案内図をダウンロードし、
大まかな場所は把握していましたが、一人で実践となると
腰が引けてしまいます。
リバプールへの行き帰り
Euston駅の構内でEさんに預け方を教わったのですが、
一人で別の駅となると・・・・。
Paddington駅も広いです(案内図では3Dになりません)。

荷物の一時預かりは「Left Luggage」と言います。
その看板を確認しました。

でもそこへ行くのには、右端の改札を通らねばなりません。
Eさんは、2,3日前に、
「Left Luggage、と言えば、大丈夫!」と言ってくれましたので
モゾモゾしながら、
スーツケースを見せ、
言おうと思った瞬間、先を越されました。
スタッフは、私の姿を見て「あっち」と指さします。
まぁいっぱい荷物を持ち、
Paddington駅に来るのですから、分かるんでしょうね。
20kgまでなら1個 1日3.5£ではなかったかと記憶しています。
帰国前の数時間ですので、負担になりません。
係の人は、
こんなtagを荷物につけ、私はレシートを受け取りました。

かくして重い荷物が消えて私は身軽になりました。
そのあとがうまく行かず
市内を地下鉄を利用して動こうと思ったのですが
乗換を間違える、
上下線を読み違えるなどドキドキするようなことが続きました。
South Kensington方面にも行きました。
駅を出てから長い地下道を歩きました。
ここで道を間違えました。やはり地上を歩いた方が無難です。

途中で、街の音楽家?に出会いました。
ビートルズメドレーをやっていたので、私一人で聴いていました。
結構うまかったので、
私は拍手をして、2ポンドギターケースに・・・・。


South Kensingtonは文教地区ですね。


何と彼に帰り道同じ場所で出会いまして、
そのミニ・コンサート?にまた聴き惚れ、1ポンド。
拍手をしたら,
何かリクエストはありますか?、と言われどぎまぎしました。
地下鉄駅を間違えないよう、何度も文字を読み返しました。

66歳の大冒険は終わりました。
あとは預けた荷物を受け取り、
ヒースローエキスプレスに乗って空港に向かうだけです。
続く
英国ひとり旅 その16 ロンドン最後の夜に食べたのは・・・
7時半にEさんとPiccadilly Circus駅で待ち合わせ
食事の約束をしていましたので、その間市内を歩き回りました。
Regent通りにZARA HOMEがあると聞きましたので
地図を片手にウロウロしていましたらこんな光景が。

観光客のためにいろいろ教えてくれる方のようです。
地図を片手に
その方に、「あの~」と声をかけました。
そうしましたら、
なんと日本語で「どこをお探しですか?」。
これには驚きました。
きちんとした日本語で、
「その店は、ここを2,3分真っ直ぐに歩いて左側です」と。
感激?して、写真を撮らせてもらいました。

こう言う方々がRegent通りには何人かいるようです。
さすが観光の街、ロンドンですね。

このあと、
ユニクロ、アクアスキュータム、ザラ、
ザラホーム、ハムリーズ(老舗おもちゃ屋)、リバティなど
ウインドウショッピングを楽しみました。



最後の夜、
豪華なディナーを、とは考えませんでしたが、
Eさんと待ち合わせて食べたのは、これでした。

(食べかけゆえ美しくありません。ご容赦を。
お店は「一点張」という名のラーメン屋さんで、Regent通り裏にありました)
まさに英国の旅の締めにふさわしい?ものでした。
食事の約束をしていましたので、その間市内を歩き回りました。
Regent通りにZARA HOMEがあると聞きましたので
地図を片手にウロウロしていましたらこんな光景が。

観光客のためにいろいろ教えてくれる方のようです。
地図を片手に
その方に、「あの~」と声をかけました。
そうしましたら、
なんと日本語で「どこをお探しですか?」。
これには驚きました。
きちんとした日本語で、
「その店は、ここを2,3分真っ直ぐに歩いて左側です」と。
感激?して、写真を撮らせてもらいました。

こう言う方々がRegent通りには何人かいるようです。
さすが観光の街、ロンドンですね。

このあと、
ユニクロ、アクアスキュータム、ザラ、
ザラホーム、ハムリーズ(老舗おもちゃ屋)、リバティなど
ウインドウショッピングを楽しみました。



最後の夜、
豪華なディナーを、とは考えませんでしたが、
Eさんと待ち合わせて食べたのは、これでした。

(食べかけゆえ美しくありません。ご容赦を。
お店は「一点張」という名のラーメン屋さんで、Regent通り裏にありました)
まさに英国の旅の締めにふさわしい?ものでした。
英国ひとり旅 その15 フリータイム
明日は帰国という日、その日も朝から雨でした。
ロンドンで行ってみようという場所が
帝国戦争博物館のほかにもうひとつありました。
「ロンドン交通博物館」がそれ。
http://www.ltmuseum.co.uk/
孫が電車が好きなものですから、
ちょっとのぞいて、
電車か汽車のミュージアムグッズでも・・・・が動機。
Euston駅から
地下鉄でCovent Garden駅まで15分ほどでした。
日曜日ということもあり、
館内は親子連れが圧倒的でした。


テムズ川を挟んだ地域の路線紹介パネル。大きかったですねぇ。

ロンドンと言えば、2階建てバス。
そう思い起こせるほど見慣れた乗物ですが、
その起源やあゆみが模型、実物、分かりやすいパネルなどで
日本人の私でさえ理解できる展示です。

親子で運転台に座って楽しんでいます。

世界最初の地下鉄もロンドンからでした。
当時は蒸気機関車ですから、トンネル内の環境も分かります。
それでも便利な公共交通機関だったのですね。
私は元ゼネコン社員ですから
当時の建設現場を説明している模型にはやはり引かれます。

1863年(江戸末期 文久3年)が運行開始だそうで、
日本の場合は、
1927年(昭和2年)の上野-浅草間が最初ですから、
60年以上の差がありますね。
Wikipediaによれば、
268 駅、総延長距離 400 kmですね。
私は、あまりタクシーに乗らず、できるだけ地下鉄で移動しましたので、
少し実感が伴います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84
恐らくちゃんと見学したら1日かかるでしょう。
どこの国も
子供を連れて来て楽しませるというのは、同じです。
電車とかけっこ。

ものだけでなく働いていた人をちゃんと紹介しています。
建設の世界でもこう言うパネルつくりたいなぁ・・・。

ミュージアムショップでは、
孫の好きな電車(地下鉄車両で「2012オリンピック ロゴ入り)と
これもオリンピックのロゴ入りTAXI、2階建てバスのミニカーを買いました。
帰りの荷物がまた増えました。
帰りに隣接するCovent Gardenの
大きなショッピングセンターに立ち寄りました。
外は冷たい雨でしたが、屋根があるので広場は大にぎわい。



3時過ぎまで散策し、また地下鉄でホテルまで戻りました。
途中、ホテル近くのパブへ寄って、またビール。
ロンドン最後の
ちゃんとしたディナー?は、このあと8時からです。
その前にピカデリーサーカス付近に行くことにしました
(疲れを知らない?66歳であります)。
続く
ロンドンで行ってみようという場所が
帝国戦争博物館のほかにもうひとつありました。
「ロンドン交通博物館」がそれ。
http://www.ltmuseum.co.uk/
孫が電車が好きなものですから、
ちょっとのぞいて、
電車か汽車のミュージアムグッズでも・・・・が動機。
Euston駅から
地下鉄でCovent Garden駅まで15分ほどでした。
日曜日ということもあり、
館内は親子連れが圧倒的でした。


テムズ川を挟んだ地域の路線紹介パネル。大きかったですねぇ。

ロンドンと言えば、2階建てバス。
そう思い起こせるほど見慣れた乗物ですが、
その起源やあゆみが模型、実物、分かりやすいパネルなどで
日本人の私でさえ理解できる展示です。

親子で運転台に座って楽しんでいます。

世界最初の地下鉄もロンドンからでした。
当時は蒸気機関車ですから、トンネル内の環境も分かります。
それでも便利な公共交通機関だったのですね。
私は元ゼネコン社員ですから
当時の建設現場を説明している模型にはやはり引かれます。

1863年(江戸末期 文久3年)が運行開始だそうで、
日本の場合は、
1927年(昭和2年)の上野-浅草間が最初ですから、
60年以上の差がありますね。
Wikipediaによれば、
268 駅、総延長距離 400 kmですね。
私は、あまりタクシーに乗らず、できるだけ地下鉄で移動しましたので、
少し実感が伴います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84
恐らくちゃんと見学したら1日かかるでしょう。
どこの国も
子供を連れて来て楽しませるというのは、同じです。
電車とかけっこ。

ものだけでなく働いていた人をちゃんと紹介しています。
建設の世界でもこう言うパネルつくりたいなぁ・・・。

ミュージアムショップでは、
孫の好きな電車(地下鉄車両で「2012オリンピック ロゴ入り)と
これもオリンピックのロゴ入りTAXI、2階建てバスのミニカーを買いました。
帰りの荷物がまた増えました。
帰りに隣接するCovent Gardenの
大きなショッピングセンターに立ち寄りました。
外は冷たい雨でしたが、屋根があるので広場は大にぎわい。



3時過ぎまで散策し、また地下鉄でホテルまで戻りました。
途中、ホテル近くのパブへ寄って、またビール。
ロンドン最後の
ちゃんとしたディナー?は、このあと8時からです。
その前にピカデリーサーカス付近に行くことにしました
(疲れを知らない?66歳であります)。
続く
英国ひとり旅 その14 リバプール 2
リバプール初日の晩、
市内の日本食レストランにSさん夫妻をお招きして
これまでのご協力への感謝会を開きました。
この店の名は、「Etsu(悦)」と言い、
リバプールでただ一人の
ビートルズツアー公認(日本語)ツアーガイドAさんのお店。
(5年前に行ったときにはありませんでした)
私とEさん、S夫妻、Aさんの5人で
楽しい食事会の始まりです。

S夫妻、とりわけ奥さんは、積極果敢に何でもトライ。
てんぷら、唐揚げ、枝豆、刺身、焼き鳥、煮物・・・
ご主人が生ものがダメなのは、
3度の来日時に知っていましたが、こんなに召し上がって下さるとは・・・・。
写真は加工せず小さくしました。
この段階は、
もう締めで、いなり寿司を食べたあとです。
私は、ビール中ジョッキ1杯と日本酒(升で)3合飲みました。
緊張していたので、まったく酔いませんでした。
(ホテルに戻ってからグラッと来ましたが)
店内のお客様は7割くらいが現地(英国)の方。
英語が聞こえて来なければ、新宿で一杯やっている感じです。
http://www.etsu-restaurant.co.uk/
板さんもスタッフもみんな日本人です。
メニューも豊富で本格的、みんな美味しくいただきました。
ぜひリバプールへいかれる機会があったらお立ち寄り下さい。
値段も大変リーズナブルです。
これはAさんがつくられた絵はがき。
写っているところは
この8年でみんな見ましたよ。
次の日、
これもSさんが手配して下さった
水陸両用車「イエロー・ダックマリン」に乗っての市街観光。
http://www.theyellowduckmarine.co.uk/

車内はさまざまな国のひとが楽しんでいました(私も)。

生まれて初めて水陸両用車に乗りました。

午後、ロンドン・ユーストン駅に戻る前に、
S夫妻が、田舎のパブでの遅めのランチに招待。
茅葺きの2百年前からあるというそのパブは趣がありました。

お別れの記念写真。
ミュージアムの仕事を通じていいお友達になりました。

続く
市内の日本食レストランにSさん夫妻をお招きして
これまでのご協力への感謝会を開きました。
この店の名は、「Etsu(悦)」と言い、
リバプールでただ一人の
ビートルズツアー公認(日本語)ツアーガイドAさんのお店。
(5年前に行ったときにはありませんでした)
私とEさん、S夫妻、Aさんの5人で
楽しい食事会の始まりです。

S夫妻、とりわけ奥さんは、積極果敢に何でもトライ。
てんぷら、唐揚げ、枝豆、刺身、焼き鳥、煮物・・・
ご主人が生ものがダメなのは、
3度の来日時に知っていましたが、こんなに召し上がって下さるとは・・・・。
写真は加工せず小さくしました。
この段階は、
もう締めで、いなり寿司を食べたあとです。
私は、ビール中ジョッキ1杯と日本酒(升で)3合飲みました。
緊張していたので、まったく酔いませんでした。
(ホテルに戻ってからグラッと来ましたが)
店内のお客様は7割くらいが現地(英国)の方。
英語が聞こえて来なければ、新宿で一杯やっている感じです。
http://www.etsu-restaurant.co.uk/
板さんもスタッフもみんな日本人です。
メニューも豊富で本格的、みんな美味しくいただきました。
ぜひリバプールへいかれる機会があったらお立ち寄り下さい。
値段も大変リーズナブルです。
これはAさんがつくられた絵はがき。
写っているところは
この8年でみんな見ましたよ。

次の日、
これもSさんが手配して下さった
水陸両用車「イエロー・ダックマリン」に乗っての市街観光。
http://www.theyellowduckmarine.co.uk/

車内はさまざまな国のひとが楽しんでいました(私も)。

生まれて初めて水陸両用車に乗りました。

午後、ロンドン・ユーストン駅に戻る前に、
S夫妻が、田舎のパブでの遅めのランチに招待。
茅葺きの2百年前からあるというそのパブは趣がありました。

お別れの記念写真。
ミュージアムの仕事を通じていいお友達になりました。

続く
英国ひとり旅 その13 3度目のリバプール 1
戦車博物館から戻った翌日、
ミュージアムの仕事で世話になったロンドンのEさんと
リバプールをめざしました。
その目的は、2つあります。
ひとつは、
ミュージアムの特別展用に製作した
ジョンの育った家、Mendipsの模型を確認することです。
いろいろな背景があって、多くは語れませんが
私たちが、特別展用に製作した模型が、
幸いにも昨年新築された「the Museum of Liverpool」の
あの4人組ゾーンの入り口に展示されているので、
英国に行ったとき、それを見に行きたかったのです。
もうひとつの目的は、
開館中ご協力していただいた、
The National TrustのSご夫妻に再会することでした。
5年前には、自宅に招かれご飯をご馳走になりました。
私は今回で3度目のリバプール訪問になります。
合計すると9泊もしたことになります。
リバプールへは、
ホテル近くのEuston駅から10:03発の特急に乗りました。
今回は、もう最後ゆえ1等車!です(連れには内緒です)。
12時半、Liverpool Lime Street stationに到着。

同行してくれたEさんと
ホテル(Hotel Indigo Liverpool )までタクシーに乗ろう、
と言いながら改札へ向かいましたら、なんとSさんが待っていました。

私たちは驚きました。
そう言う予定ではなかったからです。
もっと驚いたのは、
2008年に日本の英国政府観光庁のイベントで
来日し、私たちのミュージアムヘ来てくれたAさんとお母さんが
Sさんと立ち話をしていることです。
まったく偶然のことでした。
Aさんと抱き合い、彼女の母さんと握手をしました。
こんなことってあるのでしょうか!
Sさんは、
私が首に巻いていた茶色のマフラーを指さし、
「J(私のこと)、それはよくないよ。
ここにいるときは、これを巻かなきゃ・・・」と言って差し出したものがあります。
赤と白の
リバプールFC (Liverpool Football Club) のタオルマフラーです。
リバプールFC (Liverpool Football Club) は、
この街にに本拠を置くサッカークラブチーム。愛称はレッズ(Reds)。
このチームの愛称はレッズ(Reds)。浦和レッズと同じですね。
ホテルに荷物を置いて、
The National Trustのツアーに参加しました。
このバスで、ポールの家と
ジョンの育った家Mendipsを見て回ります。

中は撮影できません。
でも私は仕事でここへ2度も来て、
模型製作のため200枚以上の写真を写真を撮りました。
(もちろん許可を得てです。目を閉じても部屋の中が分かります)
このツアーだけ家の中には入れるので、
そうでない観光客は、門の外から眺めるだけ。

大変面白い老婦人が説明してくれたのですが、
Eさんが私の前の仕事を言いますと、
すごく驚いて、笑顔でいろいろと話をしてくれました(半分しか分かりません)。
帰りのバスの前を、
キャバーンのツアーバスが走っていました。

ここはいつ来ても、やっぱりリバプールです。
続く
ミュージアムの仕事で世話になったロンドンのEさんと
リバプールをめざしました。
その目的は、2つあります。
ひとつは、
ミュージアムの特別展用に製作した
ジョンの育った家、Mendipsの模型を確認することです。
いろいろな背景があって、多くは語れませんが
私たちが、特別展用に製作した模型が、
幸いにも昨年新築された「the Museum of Liverpool」の
あの4人組ゾーンの入り口に展示されているので、
英国に行ったとき、それを見に行きたかったのです。
もうひとつの目的は、
開館中ご協力していただいた、
The National TrustのSご夫妻に再会することでした。
5年前には、自宅に招かれご飯をご馳走になりました。
私は今回で3度目のリバプール訪問になります。
合計すると9泊もしたことになります。
リバプールへは、
ホテル近くのEuston駅から10:03発の特急に乗りました。
今回は、もう最後ゆえ1等車!です(連れには内緒です)。
12時半、Liverpool Lime Street stationに到着。

同行してくれたEさんと
ホテル(Hotel Indigo Liverpool )までタクシーに乗ろう、
と言いながら改札へ向かいましたら、なんとSさんが待っていました。

私たちは驚きました。
そう言う予定ではなかったからです。
もっと驚いたのは、
2008年に日本の英国政府観光庁のイベントで
来日し、私たちのミュージアムヘ来てくれたAさんとお母さんが
Sさんと立ち話をしていることです。
まったく偶然のことでした。
Aさんと抱き合い、彼女の母さんと握手をしました。
こんなことってあるのでしょうか!
Sさんは、
私が首に巻いていた茶色のマフラーを指さし、
「J(私のこと)、それはよくないよ。
ここにいるときは、これを巻かなきゃ・・・」と言って差し出したものがあります。
赤と白の
リバプールFC (Liverpool Football Club) のタオルマフラーです。
リバプールFC (Liverpool Football Club) は、
この街にに本拠を置くサッカークラブチーム。愛称はレッズ(Reds)。
このチームの愛称はレッズ(Reds)。浦和レッズと同じですね。
ホテルに荷物を置いて、
The National Trustのツアーに参加しました。
このバスで、ポールの家と
ジョンの育った家Mendipsを見て回ります。

中は撮影できません。
でも私は仕事でここへ2度も来て、
模型製作のため200枚以上の写真を写真を撮りました。
(もちろん許可を得てです。目を閉じても部屋の中が分かります)
このツアーだけ家の中には入れるので、
そうでない観光客は、門の外から眺めるだけ。

大変面白い老婦人が説明してくれたのですが、
Eさんが私の前の仕事を言いますと、
すごく驚いて、笑顔でいろいろと話をしてくれました(半分しか分かりません)。
帰りのバスの前を、
キャバーンのツアーバスが走っていました。

ここはいつ来ても、やっぱりリバプールです。
続く
英国ひとり旅 その12 ありがとう The Tank Museum
4時ちょうどに
朝私を乗せてくれたタクシーがやってきました。
まるで時間調整してくれたような正確さです。
運転手は「16:45までまだ時間があるじゃないか。
駅前の村のパブでちょっと飲んでいけよ。」と言いました。
私は「戻るのにどれくらい時間がかかるの?」と聞きましたら、
「まぁ、4分かな。でもお前の足なら5分だろうな。」と言って笑いながら
私をパブまで運んでくれました。
この写真は、パブへ行く前の記念写真?

なかなか良い感じの運転手さんでしたので
チップを少し多めに渡しました。
ここが駅から5分のパブです。
お客は7,8人いました。
木曜の午後4時過ぎですが、
この国は、酒は夜になって飲むものじゃないのだと感じましたね。
(ロンドンでもリバプールでも同じです)。


ギネスを半パイント飲んで駅に向かいました。
この駅は、終日駅員がいないことが分かります。

私はこちらへ来る前に、
SouthtWest鉄道にメールして、
タクシーは駅前にいるかどうか、
いない場合はどうやって呼べば良いのか、
駅員さんに私の代わりに電話してもらえるだろうか?、と
問い合わせました。
親切にも返事が来て、
wool駅には駅員は常駐していなく、
私が到着するその時間は、無人の場合もあることを教えてくれただけでなく、
町のタクシー会社に
日本人がその時間行くから、と打ち合わせまでしてくれたようです。
ロンドンの友人が前日にその予約を確認してくれました。
まさにCustomer Satisfactionでありますねぇ。
駅の案内看板です。

英国内の交通機関のどこにもあるサイン。

これがLondon Waterlooへの上りホーム。

下り電車がやってきました。

これでwool駅ともお別れです。
ありがとう The Tank Museum !
ロンドンへ帰る切符です。

これでHappy Endにはなりませんでした。
その4両編成の列車にただ一つあるトイレが壊れていたのです。
入ろうとするとトイレから出てきた少年が、首を振ります。
中を覗いたら、つまっていました。
パブのビールが、う~ん、こたえました。
ミュージアムの余韻を味わうどころではありません。
ロンドンまでの残り1時間半、我慢比べ。
印象深いミュージアム体験となりました。
約2時間45分後、ロンドン市内へ。
日没は8時過ぎですので、まだ明るいです。

19:20に電車は到着しました。
朝5時に撮った駅構内の状況とずいぶん違います。

その日の夕ご飯用に、
駅構内の売店で、おにぎりを3個買いました。
びっくりしました。
回転寿司や寿司が当たり前のように売られているのに慣れて来ましたが
まさかおにぎりのスタンドが・・・・・。

日本のコンビニで売られているパックのもので
1,2,3と引っ張ると、ぱりぱりのノリに包まれたおにぎりの完成です。
Waterloo駅から
地下鉄でEuston駅まで乗り、ホテルに戻りました。
この晩は、紅茶とおにぎりが夕ご飯となりました。
戦車博物館 終わり
朝私を乗せてくれたタクシーがやってきました。
まるで時間調整してくれたような正確さです。
運転手は「16:45までまだ時間があるじゃないか。
駅前の村のパブでちょっと飲んでいけよ。」と言いました。
私は「戻るのにどれくらい時間がかかるの?」と聞きましたら、
「まぁ、4分かな。でもお前の足なら5分だろうな。」と言って笑いながら
私をパブまで運んでくれました。
この写真は、パブへ行く前の記念写真?

なかなか良い感じの運転手さんでしたので
チップを少し多めに渡しました。
ここが駅から5分のパブです。
お客は7,8人いました。
木曜の午後4時過ぎですが、
この国は、酒は夜になって飲むものじゃないのだと感じましたね。
(ロンドンでもリバプールでも同じです)。


ギネスを半パイント飲んで駅に向かいました。
この駅は、終日駅員がいないことが分かります。

私はこちらへ来る前に、
SouthtWest鉄道にメールして、
タクシーは駅前にいるかどうか、
いない場合はどうやって呼べば良いのか、
駅員さんに私の代わりに電話してもらえるだろうか?、と
問い合わせました。
親切にも返事が来て、
wool駅には駅員は常駐していなく、
私が到着するその時間は、無人の場合もあることを教えてくれただけでなく、
町のタクシー会社に
日本人がその時間行くから、と打ち合わせまでしてくれたようです。
ロンドンの友人が前日にその予約を確認してくれました。
まさにCustomer Satisfactionでありますねぇ。
駅の案内看板です。

英国内の交通機関のどこにもあるサイン。

これがLondon Waterlooへの上りホーム。

下り電車がやってきました。

これでwool駅ともお別れです。
ありがとう The Tank Museum !
ロンドンへ帰る切符です。

これでHappy Endにはなりませんでした。
その4両編成の列車にただ一つあるトイレが壊れていたのです。
入ろうとするとトイレから出てきた少年が、首を振ります。
中を覗いたら、つまっていました。
パブのビールが、う~ん、こたえました。
ミュージアムの余韻を味わうどころではありません。
ロンドンまでの残り1時間半、我慢比べ。
印象深いミュージアム体験となりました。
約2時間45分後、ロンドン市内へ。
日没は8時過ぎですので、まだ明るいです。

19:20に電車は到着しました。
朝5時に撮った駅構内の状況とずいぶん違います。

その日の夕ご飯用に、
駅構内の売店で、おにぎりを3個買いました。
びっくりしました。
回転寿司や寿司が当たり前のように売られているのに慣れて来ましたが
まさかおにぎりのスタンドが・・・・・。

日本のコンビニで売られているパックのもので
1,2,3と引っ張ると、ぱりぱりのノリに包まれたおにぎりの完成です。
Waterloo駅から
地下鉄でEuston駅まで乗り、ホテルに戻りました。
この晩は、紅茶とおにぎりが夕ご飯となりました。
戦車博物館 終わり
英国ひとり旅 その11 これが戦車博物館か・・・part4
館内に入ります。
広い敷地内の施設配置図がこれ。

展示室入り口には、こんなボードが。

これまで見てきた博物館には、
どれも子供達への教育的な配慮が多くあります。
例えば、こんなマニアック?な分野の戦車博物館にも
,歴史を教える部屋とか、
機械の仕組み、実際の乗車体験等のプログラムがありますし、
印刷物も子供向けが完備されています。
1年半前まで
同じミュージアムの仕事をしていた私には、
戦車はもちろんですが、そうしたハードやソフトにも大いに興味を持ちました。
さて、ホンモノの戦車です。
圧倒的な戦車群に声もありません。
第一次大戦前からの戦車の開発から説明が始まりましたが
既にworkshopが始まって3時間が経過しています。

実際に狭い車内に入り、みんな身をかがめて話を聞きます。

数が多いので
本当に限られた車両しか説明出来ないようですが、私は楽しみました。

そして・・・・。
至福の時の到来です。
私の今回最大の念願であった冷たい肌?に触れました。

これがTiger Ⅰの131号。
実際に動き、毎年6月末の「Tankfest」にはひときわ目立ちます。

http://www.tankmuseum.org/ixbin/indexplus?record=ART3153
私の表情をご覧下さい
(写真の加工はしませんでした。これが最初で最後でしょうから)。
行って見たいなぁ、と思ってから20年。
ようやく夢が実現しました。
ほかのマニアの方々のように、
いろいろなスペックを身につけているわけではありません。
ほとんど素人同然でしょう。
でも、実際のモノに触れてみたかった・・・・・。
映画「バルジ大作戦」を見たのは、大学の3年生のころでしたが、
ドイツ軍の戦車は、アメリカのもので代用されていましたので、
そこから実物を見てみたいと淡く思うようになりました。
(45年も前なのですね)
しばらくこの前から動きませんでした。
2時近くにようやくworkshopが終わりました。
もうヘトヘトで、2階のレストランへ向かいました。
前回紹介したworkshopエントリーの書類の下には
レストランのものすべて10%offと記載されています。
私はここでカレーとビールをいただきました。
さぁ、迎えのタクシーが来るまで2時間を切っています。
私は急いで食事を済ませ、また展示室に戻りました。



結局、第二次大戦以降の展示ゾーンには行けませんでした。
あと1日欲しい・・・・・、残念!、ではありましたが、
戦車開発期から
第二次大戦の終戦までのドイツ戦車を一通り見たので
これでよし、と自分に言い聞かせました。
これが最初で最後です。
写真は撮ったけどビデオを回す時間がありませんでした。
同時にやったら館内の空気と音を感じることが出来ません。
写真もカタログつくりのようには撮りませんでした。
昔、海外の観光地で写真だけを撮りまくっていた反省もあったし・・・・。
両手には、
有名な戦車たちに直接手を触れた感触がわずかに残っています。
(そこを周りに人たちは、変だ、変だと言うのですが・・・)。
う~ん・・・よかった・・・・。
トイレの入り口に、模型が・・・・。
さようなら、って言ってきました。

午後4時になりました。
そろそろタクシーが迎えに来る時間です。
続く
広い敷地内の施設配置図がこれ。

展示室入り口には、こんなボードが。

これまで見てきた博物館には、
どれも子供達への教育的な配慮が多くあります。
例えば、こんなマニアック?な分野の戦車博物館にも
,歴史を教える部屋とか、
機械の仕組み、実際の乗車体験等のプログラムがありますし、
印刷物も子供向けが完備されています。
1年半前まで
同じミュージアムの仕事をしていた私には、
戦車はもちろんですが、そうしたハードやソフトにも大いに興味を持ちました。
さて、ホンモノの戦車です。
圧倒的な戦車群に声もありません。
第一次大戦前からの戦車の開発から説明が始まりましたが
既にworkshopが始まって3時間が経過しています。

実際に狭い車内に入り、みんな身をかがめて話を聞きます。

数が多いので
本当に限られた車両しか説明出来ないようですが、私は楽しみました。

そして・・・・。
至福の時の到来です。
私の今回最大の念願であった冷たい肌?に触れました。

これがTiger Ⅰの131号。
実際に動き、毎年6月末の「Tankfest」にはひときわ目立ちます。

http://www.tankmuseum.org/ixbin/indexplus?record=ART3153
私の表情をご覧下さい
(写真の加工はしませんでした。これが最初で最後でしょうから)。
行って見たいなぁ、と思ってから20年。
ようやく夢が実現しました。
ほかのマニアの方々のように、
いろいろなスペックを身につけているわけではありません。
ほとんど素人同然でしょう。
でも、実際のモノに触れてみたかった・・・・・。
映画「バルジ大作戦」を見たのは、大学の3年生のころでしたが、
ドイツ軍の戦車は、アメリカのもので代用されていましたので、
そこから実物を見てみたいと淡く思うようになりました。
(45年も前なのですね)
しばらくこの前から動きませんでした。
2時近くにようやくworkshopが終わりました。
もうヘトヘトで、2階のレストランへ向かいました。
前回紹介したworkshopエントリーの書類の下には
レストランのものすべて10%offと記載されています。
私はここでカレーとビールをいただきました。
さぁ、迎えのタクシーが来るまで2時間を切っています。
私は急いで食事を済ませ、また展示室に戻りました。



結局、第二次大戦以降の展示ゾーンには行けませんでした。
あと1日欲しい・・・・・、残念!、ではありましたが、
戦車開発期から
第二次大戦の終戦までのドイツ戦車を一通り見たので
これでよし、と自分に言い聞かせました。
これが最初で最後です。
写真は撮ったけどビデオを回す時間がありませんでした。
同時にやったら館内の空気と音を感じることが出来ません。
写真もカタログつくりのようには撮りませんでした。
昔、海外の観光地で写真だけを撮りまくっていた反省もあったし・・・・。
両手には、
有名な戦車たちに直接手を触れた感触がわずかに残っています。
(そこを周りに人たちは、変だ、変だと言うのですが・・・)。
う~ん・・・よかった・・・・。
トイレの入り口に、模型が・・・・。
さようなら、って言ってきました。

午後4時になりました。
そろそろタクシーが迎えに来る時間です。
続く
英国ひとり旅 その10 これが戦車博物館か・・・part3
恐らく百回以上は見ているホームページ。
しかしバックヤードは見たことがありません。
膨大な資料をきちんと整理管理している様子は、
とても羨ましくなりました。
いまの私の仕事は、
このような管理がまったくされていない状況下ですので。
さきほどの資料室では、
重機関銃がこんな風に置かれていました。これから整備するのだそうです。

しゃがんで、ちょっと触ってみました・・・・。
さて、
倉庫の中は、戦車、戦闘車両だらけでありました。
その数、目検討で大小あわせて百台近くあると思います。
主なものをスタッフが説明してまわります。
そういえば注意書きに、
汚れてもいい服装と軽快な靴を用意してくることとありました。
しばらくして足下が泥だらけ、
ジャンパーはホコリだらけであることが分かります。
ロンドンまでその汚れを持って帰りました。


説明してくれたこの背の小さい方とは、あとでお友達になりました。
彼がミュージアム事務所に持っているラジコンを見せてくれたのです。

外にもまだこれから修復する戦車がシートをかぶっていたり
野ざらしのままに置かれていました。


これでバックヤードのツアーは終わりです。
始まって2時間半経っていました。
これからは展示室へ向かい代表的な戦車を説明してくれます。
続く
しかしバックヤードは見たことがありません。
膨大な資料をきちんと整理管理している様子は、
とても羨ましくなりました。
いまの私の仕事は、
このような管理がまったくされていない状況下ですので。
さきほどの資料室では、
重機関銃がこんな風に置かれていました。これから整備するのだそうです。

しゃがんで、ちょっと触ってみました・・・・。
さて、
倉庫の中は、戦車、戦闘車両だらけでありました。
その数、目検討で大小あわせて百台近くあると思います。
主なものをスタッフが説明してまわります。
そういえば注意書きに、
汚れてもいい服装と軽快な靴を用意してくることとありました。
しばらくして足下が泥だらけ、
ジャンパーはホコリだらけであることが分かります。
ロンドンまでその汚れを持って帰りました。


説明してくれたこの背の小さい方とは、あとでお友達になりました。
彼がミュージアム事務所に持っているラジコンを見せてくれたのです。

外にもまだこれから修復する戦車がシートをかぶっていたり
野ざらしのままに置かれていました。


これでバックヤードのツアーは終わりです。
始まって2時間半経っていました。
これからは展示室へ向かい代表的な戦車を説明してくれます。
続く
英国ひとり旅 その9 これが戦車博物館か・・・part2
Wool駅にタクシーが1台待っていてくれました。
以前からロンドンのEさんに依頼して予約をしたタクシーです。
帰りも迎えに来て欲しい、
と言ったら、このカードを渡されました。
16時にミュージアム玄関脇に、と伝えました。
「もし、時間を過ぎても来なかったら、ここに電話しなさい。」
と言われましたが、あまり自信がない・・・・。

およそ6分でミュージアムに到着です。
今回のミュージアムへは、
懇意にしているThe National TrustのSさんが
私が戦車好きなのを知っていて、こんなWorkshopへ招待してくれました。

参加枠の最後の一人だったとあとから聞きました。
「Access All Areas Experience」は、
ふだん来館者が体験できない
バックヤードと施設内のすべてをガイドしてくれるツアーです。
そのスタートが、8:45なので、
私はWaterloo駅発 5:30の始発に乗らないと間に合わないということ。
ということは4時に起きて・・・・と言うシナリオになります。
このツアー、本当に感激しました。
ここのスタッフは、
ほとんどボランティア(わずかな時間給)であることにも驚きましたし、
戦車が好きで好きでたまらないというおじさん達です。
年に2回くらいしか催行されないこの催し。
今回参加したのは、12人で日本人は私だけ。
老夫婦2組、若夫婦2組、1人参加は私を含め4人でした。

最初にオリエンがあります。
今回の説明する内容と関内やバックヤードでの注意事項です。
半分ぐらいしか聞き取れませんでしたが、胸が高鳴ります。
ご覧のような軽食が付いていて、聞きながら食べました。

展示場とはちがう場所に向かい、いよいよツアー開始です。
これは衣装や布製のものの資料室。担当の女性が説明してくれます。


ここはさまざまな資料を保存しているスペース。
おじいさんがていねいに説明します。

戦車毎の戸籍謄本?をゆっくりとめくっている老夫婦がいました。
おとうさんか親戚のおじいさんの乗った戦車でしょうか?

資料の管理方法の徹底さに驚きました。

これは各戦車の図面を収納する引出。

ここまでで約1時間半。
結構疲れますが、ヤマ場はこれからでした。
まだ修理されていない戦車や集積された戦車の倉庫へ向かいます。


続く
以前からロンドンのEさんに依頼して予約をしたタクシーです。
帰りも迎えに来て欲しい、
と言ったら、このカードを渡されました。
16時にミュージアム玄関脇に、と伝えました。
「もし、時間を過ぎても来なかったら、ここに電話しなさい。」
と言われましたが、あまり自信がない・・・・。

およそ6分でミュージアムに到着です。
今回のミュージアムへは、
懇意にしているThe National TrustのSさんが
私が戦車好きなのを知っていて、こんなWorkshopへ招待してくれました。

参加枠の最後の一人だったとあとから聞きました。
「Access All Areas Experience」は、
ふだん来館者が体験できない
バックヤードと施設内のすべてをガイドしてくれるツアーです。
そのスタートが、8:45なので、
私はWaterloo駅発 5:30の始発に乗らないと間に合わないということ。
ということは4時に起きて・・・・と言うシナリオになります。
このツアー、本当に感激しました。
ここのスタッフは、
ほとんどボランティア(わずかな時間給)であることにも驚きましたし、
戦車が好きで好きでたまらないというおじさん達です。
年に2回くらいしか催行されないこの催し。
今回参加したのは、12人で日本人は私だけ。
老夫婦2組、若夫婦2組、1人参加は私を含め4人でした。

最初にオリエンがあります。
今回の説明する内容と関内やバックヤードでの注意事項です。
半分ぐらいしか聞き取れませんでしたが、胸が高鳴ります。
ご覧のような軽食が付いていて、聞きながら食べました。

展示場とはちがう場所に向かい、いよいよツアー開始です。
これは衣装や布製のものの資料室。担当の女性が説明してくれます。


ここはさまざまな資料を保存しているスペース。
おじいさんがていねいに説明します。

戦車毎の戸籍謄本?をゆっくりとめくっている老夫婦がいました。
おとうさんか親戚のおじいさんの乗った戦車でしょうか?

資料の管理方法の徹底さに驚きました。

これは各戦車の図面を収納する引出。

ここまでで約1時間半。
結構疲れますが、ヤマ場はこれからでした。
まだ修理されていない戦車や集積された戦車の倉庫へ向かいます。


続く
英国ひとり旅 その8 これが戦車博物館か・・・part1
3日目はいよいよ念願の(20数年憧れていた)
「The Tank Museum」へまいりました。
SouthWestTrainsで
Waterloo駅発 5:30の始発に乗らねばなりません。
前夜、目覚まし2個を4時にセットし、
かつフロントにMorning callをお願いしました。
ほぼ同時に鳴るのは、結構ショックでありましたが
鳴る前から目が覚めておりました(というより嬉しくて眠れない)。
TAXIもホテルにジャスト4:30にまいりました。
早朝ゆえ20分でWaterloo駅に到着です。
朝5時の駅はさすがに閑散としています。


電光表示板で行き先とプラットホームを確かめます。

これが5:30発Weymouth行きの電車とホーム(私は手前のwool駅で下車です)。

車内はこんな感じ。

どの電車にも
必ず車両ごとに自転車の駐輪スペースがありました。
こちらの電車にはほとんどこう言う設備があり、
駅のコンコースを自転車をひいて歩く乗降客が目立ちました。

朝ご飯抜きゆえ、こんなものを食べました。

次の駅は、「Wool」という表示が出ました。Waterloo駅を出て2時間45分後であります。

小さなWool駅に降りたのは、私ひとりでした。
8:19着。
こんな早朝に降りる人も少ないのは分かりますが、
いささかわびしくかつ不安な気持ちでした。

続く
「The Tank Museum」へまいりました。
SouthWestTrainsで
Waterloo駅発 5:30の始発に乗らねばなりません。
前夜、目覚まし2個を4時にセットし、
かつフロントにMorning callをお願いしました。
ほぼ同時に鳴るのは、結構ショックでありましたが
鳴る前から目が覚めておりました(というより嬉しくて眠れない)。
TAXIもホテルにジャスト4:30にまいりました。
早朝ゆえ20分でWaterloo駅に到着です。
朝5時の駅はさすがに閑散としています。


電光表示板で行き先とプラットホームを確かめます。

これが5:30発Weymouth行きの電車とホーム(私は手前のwool駅で下車です)。

車内はこんな感じ。

どの電車にも
必ず車両ごとに自転車の駐輪スペースがありました。
こちらの電車にはほとんどこう言う設備があり、
駅のコンコースを自転車をひいて歩く乗降客が目立ちました。

朝ご飯抜きゆえ、こんなものを食べました。

次の駅は、「Wool」という表示が出ました。Waterloo駅を出て2時間45分後であります。

小さなWool駅に降りたのは、私ひとりでした。
8:19着。
こんな早朝に降りる人も少ないのは分かりますが、
いささかわびしくかつ不安な気持ちでした。

続く
英国ひとり旅 その7 帝国戦争博物館とZARA HOME
25日は、フリータイムにしていましたので、
26日のwaterloo駅からwool駅までの準備運動をかねて
Euston駅からWaterloo駅までの地下鉄にトライ。
地下鉄のオイスターカードは予め買ってありましたので
JR→私鉄のスイカ等と同じようにスイスイ行くのです。
しかし、慎重な私は
2路線ある地下鉄の要所要所で手元の路線図と駅名を確かめながら進みます。
26日の「戦車博物館」へは、
Work Shopに参加するためWaterloo駅発5:30の始発に乗りますが、
地下鉄の始発時間前なので、
ホテルからタクシーに乗らねばなりません。
この日の夕方フロントに
モーニングコール4:00、タクシー4:30の予約をいたしました。
スタッフのお兄さんは、
「えっ、4:30にタクシー、Really?」と驚いていました。
さて、
この日のメニューは、
Waterloo駅近くの「帝国戦争博物館」と
ロンドンの友人、Eさんと「ZARA HOME」に行くことです。
何でZARA HOME?
連れと娘から頼まれた孫達の子供服と雑貨を頼まれていたのです。
この話は、後半にいたしましょう。
英国訪問の2番目に大事なことは、
「帝国戦争博物館」に行くことでした。
ここにも実物の戦車が展示してあるので、まぁ準備運動のような感じです。
http://www.iwm.org.uk/
この博物館には、
分館として航空機中心のIWM Duxfordもあるようです
http://www.iwm.org.uk/visits/iwm-duxford
今回は、
時間もなく戦車だけに絞っていますので、まわれません。
いろいろな方のブログを拝見すると、ちゃんと見ると2日間かかるとのこと。
(あとで書きますが、戦車博物館など私なら3日間居たいところです)。
「帝国戦争博物館」に関しては、
さまざまな方が写真をアップされていますので、私は数枚だけ。
朝から雨のロンドンでしたので外観はこんなものしか撮れませんでした。

全体の感じはこんなものです。


映画でよく見た懐かしい姿。

でも、
立ち止まってしばらく見たのは、
戦車よりも零戦の操縦席だけの展示品でした。
他国の飛行機に比べると、小さい、薄い・・・・。
とにかく大きい相手、強い相手と闘うには、技量と精神力と言われ
いまも変わらぬ日本製品のスピリットが凝縮された飛行機です。

何だか眺めているうちに涙がにじんできました。
日本では戦争のことを教育で取り上げるのは
侵略戦争、帝国主義・・・の部分が多いのですが、
この国の教育では、戦争そのものをきちんと教えているようです。
戦時下の家庭の生活をまとめた展示ゾーンは、
敵国であった私たちにも納得できるもので、
老父母が中年の子供を連れて来ていろいろ教えていました。
この日も子供達が多かったですね。

2時間の予定が3時間になってしまい、
ロンドンの友人(邦人)Eさんとの
Waterloo駅での待ち合わせに急いで駅に帰りました。
広い駅ですので携帯を使いながらようやく再会。
彼女はミュージアムの仕事で
リバプールでの通訳やコーディネートをお願いしました。
そして、幸いなことにというか偶然でしたが
連れや娘から頼まれていたZARA HOMEの
あるお店で仕事をしていたのです。
お店に向かう前、
切符売り場で26日一人で行くWool駅までの往復切符を買うのを手伝ってもらいました。
長くロンドンに住むEさんでしたが、
2回「Wool」と言って駅員さんが理解したのは、
その駅が超!田舎駅であるのと発音が難しいからだと思いました。
私は、
予め紙に印刷して(路線図に印もつけた)持って来たのですが、
Eさんのおかげで助かりました。
26日(水)Waterloo駅発 5:30 southwest鉄道 Wool着8:19
Wool発 16:45 Waterloo駅着 19:20の切符です。
それから
私が書いた買い物リストを手にして地下鉄で店に向かいました。

手前にZARAがあり奥にZARA HOMEがありました。
老爺の私が見てもデザイン・センスがよいものばかり。
買い求めたさまざまなモノは、連れと娘を大変満足させました。
息子にはZARA MENSのT-shirtを1枚買いました。
私のは、なし、でありました。
(やはり何でもそこそこの値段がいたしますし・・・)
この「ZARA」や「ZARA HOME」へは
後日Regent St.店やLiverpool店にも立ち寄るという
まさにZARA関連の買い出し旅行のようになって行きます
(目も肥えてまいりました)。
かくしてこの日は無事に終わりました
(買い物の責任の9割が済んでホッといたしました)。
明日はいよいよ夢に見た「戦車博物館」へ。
4時起き。4時半タクシーです。
続く
26日のwaterloo駅からwool駅までの準備運動をかねて
Euston駅からWaterloo駅までの地下鉄にトライ。
地下鉄のオイスターカードは予め買ってありましたので
JR→私鉄のスイカ等と同じようにスイスイ行くのです。
しかし、慎重な私は
2路線ある地下鉄の要所要所で手元の路線図と駅名を確かめながら進みます。
26日の「戦車博物館」へは、
Work Shopに参加するためWaterloo駅発5:30の始発に乗りますが、
地下鉄の始発時間前なので、
ホテルからタクシーに乗らねばなりません。
この日の夕方フロントに
モーニングコール4:00、タクシー4:30の予約をいたしました。
スタッフのお兄さんは、
「えっ、4:30にタクシー、Really?」と驚いていました。
さて、
この日のメニューは、
Waterloo駅近くの「帝国戦争博物館」と
ロンドンの友人、Eさんと「ZARA HOME」に行くことです。
何でZARA HOME?
連れと娘から頼まれた孫達の子供服と雑貨を頼まれていたのです。
この話は、後半にいたしましょう。
英国訪問の2番目に大事なことは、
「帝国戦争博物館」に行くことでした。
ここにも実物の戦車が展示してあるので、まぁ準備運動のような感じです。
http://www.iwm.org.uk/
この博物館には、
分館として航空機中心のIWM Duxfordもあるようです
http://www.iwm.org.uk/visits/iwm-duxford
今回は、
時間もなく戦車だけに絞っていますので、まわれません。
いろいろな方のブログを拝見すると、ちゃんと見ると2日間かかるとのこと。
(あとで書きますが、戦車博物館など私なら3日間居たいところです)。
「帝国戦争博物館」に関しては、
さまざまな方が写真をアップされていますので、私は数枚だけ。
朝から雨のロンドンでしたので外観はこんなものしか撮れませんでした。

全体の感じはこんなものです。


映画でよく見た懐かしい姿。

でも、
立ち止まってしばらく見たのは、
戦車よりも零戦の操縦席だけの展示品でした。
他国の飛行機に比べると、小さい、薄い・・・・。
とにかく大きい相手、強い相手と闘うには、技量と精神力と言われ
いまも変わらぬ日本製品のスピリットが凝縮された飛行機です。

何だか眺めているうちに涙がにじんできました。
日本では戦争のことを教育で取り上げるのは
侵略戦争、帝国主義・・・の部分が多いのですが、
この国の教育では、戦争そのものをきちんと教えているようです。
戦時下の家庭の生活をまとめた展示ゾーンは、
敵国であった私たちにも納得できるもので、
老父母が中年の子供を連れて来ていろいろ教えていました。
この日も子供達が多かったですね。

2時間の予定が3時間になってしまい、
ロンドンの友人(邦人)Eさんとの
Waterloo駅での待ち合わせに急いで駅に帰りました。
広い駅ですので携帯を使いながらようやく再会。
彼女はミュージアムの仕事で
リバプールでの通訳やコーディネートをお願いしました。
そして、幸いなことにというか偶然でしたが
連れや娘から頼まれていたZARA HOMEの
あるお店で仕事をしていたのです。
お店に向かう前、
切符売り場で26日一人で行くWool駅までの往復切符を買うのを手伝ってもらいました。
長くロンドンに住むEさんでしたが、
2回「Wool」と言って駅員さんが理解したのは、
その駅が超!田舎駅であるのと発音が難しいからだと思いました。
私は、
予め紙に印刷して(路線図に印もつけた)持って来たのですが、
Eさんのおかげで助かりました。
26日(水)Waterloo駅発 5:30 southwest鉄道 Wool着8:19
Wool発 16:45 Waterloo駅着 19:20の切符です。
それから
私が書いた買い物リストを手にして地下鉄で店に向かいました。

手前にZARAがあり奥にZARA HOMEがありました。
老爺の私が見てもデザイン・センスがよいものばかり。
買い求めたさまざまなモノは、連れと娘を大変満足させました。
息子にはZARA MENSのT-shirtを1枚買いました。
私のは、なし、でありました。
(やはり何でもそこそこの値段がいたしますし・・・)
この「ZARA」や「ZARA HOME」へは
後日Regent St.店やLiverpool店にも立ち寄るという
まさにZARA関連の買い出し旅行のようになって行きます
(目も肥えてまいりました)。
かくしてこの日は無事に終わりました
(買い物の責任の9割が済んでホッといたしました)。
明日はいよいよ夢に見た「戦車博物館」へ。
4時起き。4時半タクシーです。
続く
英国ひとり旅 その6 ロシア上空で「おんな港町」を聴く
一昨日、無事帰国しました。
軽いとは申せ1kgのノートを持っていったのに
使えたのは、リバプール行の電車の中と
ロンドン最後のホテルでの1時間だけでした。
う~ん、残念!
さて、「英国ひとり旅」のご報告です。
24日はANA NH201便(成田発11:30)に乗りました。
これまで海外への航空会社で
ANAは初めてでしたので興味がありました。
荷物は2個まで預けられたので、
帰国の際に出発時より1個増えた分助かりました
(他の会社でエコノミーで2個というのは少ないでしょうね)。
さて、12時間も機内でどう過ごすか・・・・。
若い頃から、
電車(寝台車も含め)や飛行機で眠れない人ゆえ、
毎回いろいろ考えるのですが、
最後は飲んでもうろうとしながら着陸を待つパターンに。

外は寒そう(dispay表示には、マイナス48℃)
地球が何となく丸いのも分かるような気がします。

ロシア西上空を過ぎた頃、
タッチパネルで「日本の歌」を選び、
何気なく曲目を見たら、八代亜紀の「おんな港町」
これが実に心地よいのです。
(1977年(昭和52年)のヒット曲ですが、
若頃にはカラオケで結構歌っていいました)

心地よい酔いと演歌・・・。
エコノミーの狭さは逃げようがありませんが、
う~ん、これは眠れるかも・・・。
ところで、
ぜひみなさんにお勧めしたいのは、
ふだん使っているイヤフォンをお持ちになることです。
備え付けのヘッドセットはなかなかフィッティングしませんが
これだと耳栓にもなるし、邪魔になりません。
今回は、事前にAmazonで1,000円くらいのを買い求め持参しました。
もう一つ、
今回私は往復とも最後尾の通路側の席(42G)を予約しました。
トイレが近い、ただこれだけの理由ですが、
安心しすぎてビールの本数が増えてしまう難点もあります。
搭乗機は、ボーイング777-300ER。
最後尾に3箇所トイレがありましたが、
トイレのふたが実にスムーズに閉まるのに感心して
帰国後wikipediaで調べたら、こんな既述がありました。
「・・・トイレの蓋がバタンと閉まるのは乗客が不愉快に感じることが多いために
トイレの蓋をゆっくり閉める機能などの提案を行った。
このトイレの蓋の提案に対しボーイング社は「いかにも日本らしい提案だ」として
採用を決めただけでなく、他の航空会社へも積極的にPRを行った・・・」
なるほど、であります。
ほぼ満席でありましたから、
そのトイレ需要?をまかなうためにも後部に3箇所設置したのかも。
ただこの席は、
真後ろにトイレがありますから、少しだけフラッシュの音が気になります。
でも、直近にあるのは、絶大の安心感?でありました。
同日16時着陸。
しかしヒースローの入国手続きは長蛇の列。
7席も係員のいない窓口があります。
日本ならさっと機転を利かしてすぐに対応するのでしょうが、
その国のやり方があるので、仕方ありません。
50分もかかりました。
Netで取り寄せた
ヒースローエキスプレスのe-チケットを片手に空港駅へ。
人の流れが急に少なくなるのは、乗車賃が少し高いからでしょうか・・・。
ちょっと人気がなくなり、不安になります。
「すいません、Paddington駅へはこの方向で良いのですか?」
おどおどしながら駅員さんに聞きます。
「あのエレベータで上に上がりなさい」
これは聞き取れました。
ようやくホームにたどり着きます。

ここで待っている人にもう一度聞きました。
「ここはPaddington駅へのホームですね」
その中年の婦人は、
「そうよ」と答え、私が「どうもありがとうございました」と言いますと
「たぶんそうだと思うわ・・・・」と微笑みながら付け足します。
ふたりでニコッといたしました。
乗ってしまえば25分くらいでPaddington駅に到着です。
途中で車掌さんが切符をチェックにやってきます。
三つ折りにしたプリントアウトを見せますと、
ほとんど読みもしないでチェックマークをつけて返してくれました。
ここからはEsuton駅近くのホテルまで
あのボックス型のタクシーに乗りました。
このホテル、
Novotel London St Pancrasには、
24日~26日と28,29日の5泊しますが、
ホテルは改装中で、チェックインカウンターは狭く混んでいました。
ようやく部屋に。
ああ疲れた初日でありました。
軽いとは申せ1kgのノートを持っていったのに
使えたのは、リバプール行の電車の中と
ロンドン最後のホテルでの1時間だけでした。
う~ん、残念!
さて、「英国ひとり旅」のご報告です。
24日はANA NH201便(成田発11:30)に乗りました。
これまで海外への航空会社で
ANAは初めてでしたので興味がありました。
荷物は2個まで預けられたので、
帰国の際に出発時より1個増えた分助かりました
(他の会社でエコノミーで2個というのは少ないでしょうね)。
さて、12時間も機内でどう過ごすか・・・・。
若い頃から、
電車(寝台車も含め)や飛行機で眠れない人ゆえ、
毎回いろいろ考えるのですが、
最後は飲んでもうろうとしながら着陸を待つパターンに。

外は寒そう(dispay表示には、マイナス48℃)
地球が何となく丸いのも分かるような気がします。

ロシア西上空を過ぎた頃、
タッチパネルで「日本の歌」を選び、
何気なく曲目を見たら、八代亜紀の「おんな港町」
これが実に心地よいのです。
(1977年(昭和52年)のヒット曲ですが、
若頃にはカラオケで結構歌っていいました)

心地よい酔いと演歌・・・。
エコノミーの狭さは逃げようがありませんが、
う~ん、これは眠れるかも・・・。
ところで、
ぜひみなさんにお勧めしたいのは、
ふだん使っているイヤフォンをお持ちになることです。
備え付けのヘッドセットはなかなかフィッティングしませんが
これだと耳栓にもなるし、邪魔になりません。
今回は、事前にAmazonで1,000円くらいのを買い求め持参しました。
もう一つ、
今回私は往復とも最後尾の通路側の席(42G)を予約しました。
トイレが近い、ただこれだけの理由ですが、
安心しすぎてビールの本数が増えてしまう難点もあります。
搭乗機は、ボーイング777-300ER。
最後尾に3箇所トイレがありましたが、
トイレのふたが実にスムーズに閉まるのに感心して
帰国後wikipediaで調べたら、こんな既述がありました。
「・・・トイレの蓋がバタンと閉まるのは乗客が不愉快に感じることが多いために
トイレの蓋をゆっくり閉める機能などの提案を行った。
このトイレの蓋の提案に対しボーイング社は「いかにも日本らしい提案だ」として
採用を決めただけでなく、他の航空会社へも積極的にPRを行った・・・」
なるほど、であります。
ほぼ満席でありましたから、
そのトイレ需要?をまかなうためにも後部に3箇所設置したのかも。
ただこの席は、
真後ろにトイレがありますから、少しだけフラッシュの音が気になります。
でも、直近にあるのは、絶大の安心感?でありました。
同日16時着陸。
しかしヒースローの入国手続きは長蛇の列。
7席も係員のいない窓口があります。
日本ならさっと機転を利かしてすぐに対応するのでしょうが、
その国のやり方があるので、仕方ありません。
50分もかかりました。
Netで取り寄せた
ヒースローエキスプレスのe-チケットを片手に空港駅へ。
人の流れが急に少なくなるのは、乗車賃が少し高いからでしょうか・・・。
ちょっと人気がなくなり、不安になります。
「すいません、Paddington駅へはこの方向で良いのですか?」
おどおどしながら駅員さんに聞きます。
「あのエレベータで上に上がりなさい」
これは聞き取れました。
ようやくホームにたどり着きます。

ここで待っている人にもう一度聞きました。
「ここはPaddington駅へのホームですね」
その中年の婦人は、
「そうよ」と答え、私が「どうもありがとうございました」と言いますと
「たぶんそうだと思うわ・・・・」と微笑みながら付け足します。
ふたりでニコッといたしました。
乗ってしまえば25分くらいでPaddington駅に到着です。
途中で車掌さんが切符をチェックにやってきます。
三つ折りにしたプリントアウトを見せますと、
ほとんど読みもしないでチェックマークをつけて返してくれました。
ここからはEsuton駅近くのホテルまで
あのボックス型のタクシーに乗りました。
このホテル、
Novotel London St Pancrasには、
24日~26日と28,29日の5泊しますが、
ホテルは改装中で、チェックインカウンターは狭く混んでいました。
ようやく部屋に。
ああ疲れた初日でありました。
英国ひとり旅 その5 英国から初アップ
ようやくホテルの部屋からアップ出来そうです。
英国5日目です。
ここに至るまではいろいろあって、
帰国してからご報告しますが、66歳「ひとり旅」って大変です。
もう明日の夜には英国を発つので、
これが最初で最後のライブブログかも知れません。
まず「帝国戦争博物館」で撮った1枚。

とにかく今回のひとり旅の目的は
一つに「戦車博物館」、それにリバプールへ行くことでした。
ボービントン(Wool駅)「にある「戦車博物館ヘ」へ行く前に
前日、ロンドン・waterloo駅近くの「帝国戦争博物館」へ行き、
心の準備運動?をしました。
ここもじかに戦車に触れられますし、
一部カッとしてある車両もあり、私としてはゾクゾクするものがありました。
これからのアップの予定としては
24日ロンドンへ到着まで、
25日のフリータイム
26日の8時間もいた戦車博物館
27~28日 リバプールでの模型との再会
29日帰国前日
30日帰国へ
というふうに分けたいと思います。
いつもパブめぐりをしては
ハーフパイント飲んでおりまして、絶えずほろ酔いの1日が続いています。
酔うとだいたんになり、ブロークンでも注文できます。
おかしなエピソード満載のブログにご期待下さいませ。
でも
戦車マニアにはあまり満足されなし内容です。
しかし恐らく最近行かれた方が体験できなかったことを
ご報告できると思います。
では、今回はこの辺で。
ああ、つながってよかった・・・・。
英国5日目です。
ここに至るまではいろいろあって、
帰国してからご報告しますが、66歳「ひとり旅」って大変です。
もう明日の夜には英国を発つので、
これが最初で最後のライブブログかも知れません。
まず「帝国戦争博物館」で撮った1枚。
とにかく今回のひとり旅の目的は
一つに「戦車博物館」、それにリバプールへ行くことでした。
ボービントン(Wool駅)「にある「戦車博物館ヘ」へ行く前に
前日、ロンドン・waterloo駅近くの「帝国戦争博物館」へ行き、
心の準備運動?をしました。
ここもじかに戦車に触れられますし、
一部カッとしてある車両もあり、私としてはゾクゾクするものがありました。
これからのアップの予定としては
24日ロンドンへ到着まで、
25日のフリータイム
26日の8時間もいた戦車博物館
27~28日 リバプールでの模型との再会
29日帰国前日
30日帰国へ
というふうに分けたいと思います。
いつもパブめぐりをしては
ハーフパイント飲んでおりまして、絶えずほろ酔いの1日が続いています。
酔うとだいたんになり、ブロークンでも注文できます。
おかしなエピソード満載のブログにご期待下さいませ。
でも
戦車マニアにはあまり満足されなし内容です。
しかし恐らく最近行かれた方が体験できなかったことを
ご報告できると思います。
では、今回はこの辺で。
ああ、つながってよかった・・・・。
英国ひとり旅 その4 明日出発
明日午前のフライトで
英国ひとり旅のはじまりです。
リバプールの友人からも
「Hello M san
Have a safe flight from Japan to London.
I am very much looking forward to meeting you in Liverpool.
Your friend S」
とメールが届きました。
気分が盛り上がります。
折しもロンドンは、
オリンピックまで百日を切りましたし、
エリザベス女王陛下も86歳のお誕生日(1926年4月21日生まれ)。
加えて今年は在位60年の節目の年だそうです。
ますます良い節目?に英国へ旅発つわけで
(会話の不安は拭いられませんが)、
これも幸せなことだと思って成田へ向かいましょう。
でも、
週間天気予報をwebで見ると
滞在期間中はほとんど雨模様、英国だから仕方ないか・・・。
最高気温も、13度くらいだそうで、
3月半ばくらいの感じでしょうか。
これまで3回も英国へ行きましたが、全くの晴天は皆無。
先日、
会社近くの銀行で円→ポンドに替えましたが、
手数料込みで、1ポンド 141円(ネットでの為替レートは130円)、
う~んと思いながらも、高額紙幣はやめて中くらいのものを・・・。
ビールを飲んで50ポンド札では、迷惑ですから。
昨日は最後の点検です。
日常服用している薬も別のケースに2箱用意。
これはスーツケース内とデイパックに入れます。
小さな目覚まし時計は、
戦車博物館に行くため、朝の4時に起きなくてはならないゆえ。
waterloo駅発5:30では、
地下鉄の始発電車にも乗れません。
いきなり、
ホテルからタクシーを飛ばすことになってしまいました。
せっかくの「オイスターカード」が使えません・・・・。
ロンドン在住のお友達と
リバプールの友人・知人達へのささやかなお土産。
いろいろ考えて用意しました。
今回は、
最近買い替えたノートパソコン、
「Panasonic Let'[ note」も持参いたします。
ホテルでLANにつなげられそうなので。
私の理想は、
ホテルからこのブログをアップ出来ることなのですが。
これもやってみなければわかりません・・・。
おそらくこれが最後の英国旅行。
TANKからジョン・レノンまでの幅広い?思い出を
しっかりつくってまいります。
英国ひとり旅のはじまりです。
リバプールの友人からも
「Hello M san
Have a safe flight from Japan to London.
I am very much looking forward to meeting you in Liverpool.
Your friend S」
とメールが届きました。
気分が盛り上がります。
折しもロンドンは、
オリンピックまで百日を切りましたし、
エリザベス女王陛下も86歳のお誕生日(1926年4月21日生まれ)。
加えて今年は在位60年の節目の年だそうです。
ますます良い節目?に英国へ旅発つわけで
(会話の不安は拭いられませんが)、
これも幸せなことだと思って成田へ向かいましょう。
でも、
週間天気予報をwebで見ると
滞在期間中はほとんど雨模様、英国だから仕方ないか・・・。
最高気温も、13度くらいだそうで、
3月半ばくらいの感じでしょうか。
これまで3回も英国へ行きましたが、全くの晴天は皆無。
先日、
会社近くの銀行で円→ポンドに替えましたが、
手数料込みで、1ポンド 141円(ネットでの為替レートは130円)、
う~んと思いながらも、高額紙幣はやめて中くらいのものを・・・。
ビールを飲んで50ポンド札では、迷惑ですから。
昨日は最後の点検です。
日常服用している薬も別のケースに2箱用意。
これはスーツケース内とデイパックに入れます。
小さな目覚まし時計は、
戦車博物館に行くため、朝の4時に起きなくてはならないゆえ。
waterloo駅発5:30では、
地下鉄の始発電車にも乗れません。
いきなり、
ホテルからタクシーを飛ばすことになってしまいました。
せっかくの「オイスターカード」が使えません・・・・。
ロンドン在住のお友達と
リバプールの友人・知人達へのささやかなお土産。
いろいろ考えて用意しました。
今回は、
最近買い替えたノートパソコン、
「Panasonic Let'[ note」も持参いたします。
ホテルでLANにつなげられそうなので。
私の理想は、
ホテルからこのブログをアップ出来ることなのですが。
これもやってみなければわかりません・・・。
おそらくこれが最後の英国旅行。
TANKからジョン・レノンまでの幅広い?思い出を
しっかりつくってまいります。
英国ひとり旅 その3 準備万端?
あと3週間でいいよ英国へ、であります。
オリンピック前ということもあり
観光客も増加しているとか。
したがってホテルも値上がり傾向だそうです。
ちょっと困るのは、このところの円安。
1ポンド120円くらいだったのが、132,3円になりました。
市内の移動はできるだけ、足と地下鉄にせねば・・・。
そこで、
英国政府観光庁のホームページを開き
ヒュスロー空港から
市内パディントン駅までの鉄道、
「ヒースロー・エクスプレス」のチケットを申し込みました。
往復で、4,560円。
券売機の前で戸惑うよりも、安心ですから・・・・・。
ところが
実券が送られてくるのではなく
プリントアウトして持参し、乗車の際に見せるのだとか・・・。
車掌さんの検札時に、
言葉を発せず乗れるかな?
また、
市内の移動用に地下鉄の
「ビジター・オイスター・カード」20£分も
ホームページ上から送付依頼しました。
そして届いたのがこれです。




段取りだけはいつも万全です。
今回の旅は、
長年の夢である「戦車博物館」に行くことと、
もう一度、仕事に絡んだ街、リバプールを
いろいろな思い出を絡めて散策するのが目的です。
連れに
「ガイドブック暗記しちゃったでしょう?」と笑われますが、
リバプールは大丈夫、
これまで2回訪れ、計9泊もしているんですから。
英国へ3度行ってもよく分からないのがロンドン。
それも今度はひとり旅ですものね・・・・。
まだまだ地図とにらめっこの日々が続きます。
オリンピック前ということもあり
観光客も増加しているとか。
したがってホテルも値上がり傾向だそうです。
ちょっと困るのは、このところの円安。
1ポンド120円くらいだったのが、132,3円になりました。
市内の移動はできるだけ、足と地下鉄にせねば・・・。
そこで、
英国政府観光庁のホームページを開き
ヒュスロー空港から
市内パディントン駅までの鉄道、
「ヒースロー・エクスプレス」のチケットを申し込みました。
往復で、4,560円。
券売機の前で戸惑うよりも、安心ですから・・・・・。
ところが
実券が送られてくるのではなく
プリントアウトして持参し、乗車の際に見せるのだとか・・・。
車掌さんの検札時に、
言葉を発せず乗れるかな?
また、
市内の移動用に地下鉄の
「ビジター・オイスター・カード」20£分も
ホームページ上から送付依頼しました。
そして届いたのがこれです。




段取りだけはいつも万全です。
今回の旅は、
長年の夢である「戦車博物館」に行くことと、
もう一度、仕事に絡んだ街、リバプールを
いろいろな思い出を絡めて散策するのが目的です。
連れに
「ガイドブック暗記しちゃったでしょう?」と笑われますが、
リバプールは大丈夫、
これまで2回訪れ、計9泊もしているんですから。
英国へ3度行ってもよく分からないのがロンドン。
それも今度はひとり旅ですものね・・・・。
まだまだ地図とにらめっこの日々が続きます。
全員65歳の修学旅行
先日の土曜日は、
在京の高校同級生が集まり、バスに乗って「東京見物」をしました。
全員が65歳になった記念?のイベントです。
バスには35人、
夕方からの懇親会へは51人参加しました。
私、どういうわけだか、
田舎の高校の同級会幹事を引き受けて
30年以上になるのですが、
今回は全員が65歳を迎えたということで
何かおもしろいことを、と考えました。
それがバスに乗って修学旅行(東京見物)をするもの。
基本計画は、
バスを1台貸し切り欲張らずに回ること。
朝9:45に東京駅前の丸ビルへ集合。
国会議事堂(衆議院)を見学し、
レインボーブリッジを渡り、お台場へ。
ホテルのブッフェランチを食べて浅草へ。
そして、
スカイツリーのそばを通り、
銀座1丁目から8丁目まで車窓から見学して東京駅へ戻り、懇親会、
でありましたが、
東京地方は昼前から嵐のような天候に。
国会議事堂正面で
記念写真を撮ったころは幸いにも本降りにならず、ホッとしました。

私がカメラマンゆえ、
私以外の全員が笑顔でパチリ。
(帰宅してから連れに
何で撮ってもらえなかったの?と言われてしまいました)
さて、
お台場へ着く頃には横殴りの雨と風。
レストランの大きな窓からは、雨風のひどさが見て取れます。
「バスの中で飲み物は別料金!」
と言い過ぎたので、みなさん遠慮がちでした。

バスガイドさんと相談し、
当初の浅草・仲見世ツアーは、この雨風では出来ないと判断し、
ランチのあとの行く先は、「江戸東京博物館」に行くことにしました。
その入場券に驚きました。
65歳以上、20名以上でひとり240円です。

「江戸東京博物館」
私はこれで4回目になります。

35人中ここが初めての人は半分以上でした。
みんなからよかったよかったと言われました。
数少ない私の写真。

東京スカイツリーの下を通り、
「ああ~♫上野駅」♫の横を通り抜け銀座へ。
そして懇親会場へ向かいました。

全員65歳。
歳を忘れ、おしゃべりに夢中の会でした。
幹事役としては、まぁまぁ責任を果たしたのですが
その疲れが未だ取れません。
経年劣化は着実に始まっているようです。
参加者から、「次回はいつ?」と言われています。
在京の高校同級生が集まり、バスに乗って「東京見物」をしました。
全員が65歳になった記念?のイベントです。
バスには35人、
夕方からの懇親会へは51人参加しました。
私、どういうわけだか、
田舎の高校の同級会幹事を引き受けて
30年以上になるのですが、
今回は全員が65歳を迎えたということで
何かおもしろいことを、と考えました。
それがバスに乗って修学旅行(東京見物)をするもの。
基本計画は、
バスを1台貸し切り欲張らずに回ること。
朝9:45に東京駅前の丸ビルへ集合。
国会議事堂(衆議院)を見学し、
レインボーブリッジを渡り、お台場へ。
ホテルのブッフェランチを食べて浅草へ。
そして、
スカイツリーのそばを通り、
銀座1丁目から8丁目まで車窓から見学して東京駅へ戻り、懇親会、
でありましたが、
東京地方は昼前から嵐のような天候に。
国会議事堂正面で
記念写真を撮ったころは幸いにも本降りにならず、ホッとしました。

私がカメラマンゆえ、
私以外の全員が笑顔でパチリ。
(帰宅してから連れに
何で撮ってもらえなかったの?と言われてしまいました)
さて、
お台場へ着く頃には横殴りの雨と風。
レストランの大きな窓からは、雨風のひどさが見て取れます。
「バスの中で飲み物は別料金!」
と言い過ぎたので、みなさん遠慮がちでした。

バスガイドさんと相談し、
当初の浅草・仲見世ツアーは、この雨風では出来ないと判断し、
ランチのあとの行く先は、「江戸東京博物館」に行くことにしました。
その入場券に驚きました。
65歳以上、20名以上でひとり240円です。

「江戸東京博物館」
私はこれで4回目になります。

35人中ここが初めての人は半分以上でした。
みんなからよかったよかったと言われました。
数少ない私の写真。

東京スカイツリーの下を通り、
「ああ~♫上野駅」♫の横を通り抜け銀座へ。
そして懇親会場へ向かいました。

全員65歳。
歳を忘れ、おしゃべりに夢中の会でした。
幹事役としては、まぁまぁ責任を果たしたのですが
その疲れが未だ取れません。
経年劣化は着実に始まっているようです。
参加者から、「次回はいつ?」と言われています。
孫らが帰って行きました
2番目の孫が誕生したのが2月24日。
我が家へ上の孫を連れて娘がやってきたのが
2月28日でした。
そして、1ヶ月経ち、昨日帰って行きました。
私も疲れましたが、
何倍も疲れたのは連れの方でしょう。
最初の孫が生まれたときは
私が63歳、連れは61歳でしたが、3年近く経ちましたので
それなりに疲れ方と煩わせられ方が違います。
何と言っても
前回とは違い、2歳10ヶ月の孫がついてきますので、
家の中はてんやわんや・・・・。

今度生まれた孫は、もっぱら連れにお任せ。
私の役割は、上の孫の面倒を見ること。
私が会社から帰宅すると上の孫が待ち構えていて、
夕ご飯後には、
「お2階へ行こう・・・・」とすり寄ってきます
(その仕草が、なんともはや行かねばならぬ?状態にさせます)。
目的は、パソコンでYouTubeの電車映像を見ること。
彼が見たがるのは
すでに「お気に入り」に登録してあるのです。

これをその時々の気分で見るのですが
子どもの記憶力は、
私の何十倍もあり、その能力に驚嘆いたします。
ひとつの画面を見終わると
停止状態でいくつかの画面が出てくるのですが、
どれが自分が見たのか覚えていて、
その画面をクリックすると、
次に停止したときどれが出てくるか分かるようです。
おおよそ30~60分くらい。
そこそこま満足するまで見せるのですが、
キーボードには絶対手を触れません。
以前来たとき、勝手に触って
パソコンが立ちあがらず、娘(母)にひどく叱られた経験があります。
彼の好きなジャンルは、超!マイナーです。
例えば貨物列車
http://www.youtube.com/watch?v=CUwEl0qhr10
http://www.youtube.com/watch?v=Qi1ymuoDJOY
手を合わせて一緒に歌うのは、初音ミク。
http://www.youtube.com/watch?v=HyykZBeA-uQ
http://www.youtube.com/watch?v=A0lxglhDJJo
私も一緒に歌います。
笑ってしまいます。
孫のおかげで、初音ミクなる歌手?を知りました。
私が一番好きな電車のYouTubeはこれです。
ぜひクリックしてみて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=AIDZXj3nO60
電車もいいのですが、
私が7年半働いていたさいたま新都心エリアが出てくるので、
ウルウルしながら見ています。
いろいろな思い出が蘇ります・・・・。
孫達が帰ったあとは、何だかひどくさみしい感じです。
おもちゃも散らかっていないし、
赤ん坊の泣き声も
バタバタ走り回る音も聞こえません。
「ジジ、お2階へ行こうよ!」と手を引く孫の姿もありません。
YouTubeを見ることもなくなりました。
家の中は、し~んとしています。
連れは、気が抜けたような顔をしています。
さぞ疲れたと思います。
1ヶ月振り回されてのですから、当然ですね。
今度会えるのは
4月8日(日)、お宮参りのときです。
楽しみです。
我が家へ上の孫を連れて娘がやってきたのが
2月28日でした。
そして、1ヶ月経ち、昨日帰って行きました。
私も疲れましたが、
何倍も疲れたのは連れの方でしょう。
最初の孫が生まれたときは
私が63歳、連れは61歳でしたが、3年近く経ちましたので
それなりに疲れ方と煩わせられ方が違います。
何と言っても
前回とは違い、2歳10ヶ月の孫がついてきますので、
家の中はてんやわんや・・・・。

今度生まれた孫は、もっぱら連れにお任せ。
私の役割は、上の孫の面倒を見ること。
私が会社から帰宅すると上の孫が待ち構えていて、
夕ご飯後には、
「お2階へ行こう・・・・」とすり寄ってきます
(その仕草が、なんともはや行かねばならぬ?状態にさせます)。
目的は、パソコンでYouTubeの電車映像を見ること。
彼が見たがるのは
すでに「お気に入り」に登録してあるのです。

これをその時々の気分で見るのですが
子どもの記憶力は、
私の何十倍もあり、その能力に驚嘆いたします。
ひとつの画面を見終わると
停止状態でいくつかの画面が出てくるのですが、
どれが自分が見たのか覚えていて、
その画面をクリックすると、
次に停止したときどれが出てくるか分かるようです。
おおよそ30~60分くらい。
そこそこま満足するまで見せるのですが、
キーボードには絶対手を触れません。
以前来たとき、勝手に触って
パソコンが立ちあがらず、娘(母)にひどく叱られた経験があります。
彼の好きなジャンルは、超!マイナーです。
例えば貨物列車
http://www.youtube.com/watch?v=CUwEl0qhr10
http://www.youtube.com/watch?v=Qi1ymuoDJOY
手を合わせて一緒に歌うのは、初音ミク。
http://www.youtube.com/watch?v=HyykZBeA-uQ
http://www.youtube.com/watch?v=A0lxglhDJJo
私も一緒に歌います。
笑ってしまいます。
孫のおかげで、初音ミクなる歌手?を知りました。
私が一番好きな電車のYouTubeはこれです。
ぜひクリックしてみて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=AIDZXj3nO60
電車もいいのですが、
私が7年半働いていたさいたま新都心エリアが出てくるので、
ウルウルしながら見ています。
いろいろな思い出が蘇ります・・・・。
孫達が帰ったあとは、何だかひどくさみしい感じです。
おもちゃも散らかっていないし、
赤ん坊の泣き声も
バタバタ走り回る音も聞こえません。
「ジジ、お2階へ行こうよ!」と手を引く孫の姿もありません。
YouTubeを見ることもなくなりました。
家の中は、し~んとしています。
連れは、気が抜けたような顔をしています。
さぞ疲れたと思います。
1ヶ月振り回されてのですから、当然ですね。
今度会えるのは
4月8日(日)、お宮参りのときです。
楽しみです。
新聞を手にして、涙
今日、震災1年の日。
死者・行方不明2万余人に加え
福島原発事故の影響などを思うとき、
この気持ちを表現する言葉が見つかりません。
自然災害と人災と、
国のこの1年の動きようは、怒りを超えて無常を感じています。
昨日の読売新聞朝刊1面の「編集手帳」。
食事を取りながら読んでいるうちに
急に鼻がツーンと来て、涙があふれてきました。
その「編集手帳」には、
お父さんを失った子どもの作文の一部が紹介されていました。
「・・・だからおとうさん、いつもぼくのそばにいてね。
ゆめのなかで、ほめてね。ぼく、いつでもまってるね」
その最後にそう書かれていたとのこと。
(記事全文そのまま掲載することをお許し下さい)

こうしてキーボードに触れているときでさえ
思い出して涙がにじみます。
さまざまな震災特集を見聞きしますが
これほど素直というか、子どもの親を偲ぶ言葉はありません。
私は4歳の時病気で父を亡くしました。
父のことはまったく覚えていません。
母は4人どもを抱え必死に生活していました。
その中で、
私は母にムリなことを言っていたと母に聞きました。
「なんでうちには父ちゃんがいないの?
ほかのうちには、いてなんで?」
父がいないことは
子どもの私に母はずいぶんと言って聞かせたらしいのですが、
ときどきワガママを言っていた・・・・。
母は、さみしい思いをさせまいとして
風呂屋をやりながら、
木曜日の定休日には、私を街の洋食屋へ連れて行ったり、
いとこ達との旅行に行かせたり・・・・。
いま考えると、ずいぶん迷惑をかけてしまいました。
普通家庭のイメージ。
両親がいて・・・・・、の前提がない中で育って行くのは、
片親にとって大変な思いをし続けたと思います。
私はまだ小さかったから
この作文で紹介された子どもさんの思いには至らなかった。
母や姉・兄たちからの情報が
擦り込まれてできたイメージです。
何度読んでも涙がにじみます。
今日の朝刊には、
1面に大きく「編集手帳」と写真が・・・・。
雪の降る中慰霊碑の前で寄り添う後ろ姿。
また、本紙には
亡くなった方への身内の追悼文が写真とともに・・・・。
これもつらかったです。
今日の午後2時46分。
私は、こうして生きていることへの感謝と
犠牲になられた方々への追悼と
被災にあわれたすべての方々への励ましのために
静かに手を合わせたいと思います。
死者・行方不明2万余人に加え
福島原発事故の影響などを思うとき、
この気持ちを表現する言葉が見つかりません。
自然災害と人災と、
国のこの1年の動きようは、怒りを超えて無常を感じています。
昨日の読売新聞朝刊1面の「編集手帳」。
食事を取りながら読んでいるうちに
急に鼻がツーンと来て、涙があふれてきました。
その「編集手帳」には、
お父さんを失った子どもの作文の一部が紹介されていました。
「・・・だからおとうさん、いつもぼくのそばにいてね。
ゆめのなかで、ほめてね。ぼく、いつでもまってるね」
その最後にそう書かれていたとのこと。
(記事全文そのまま掲載することをお許し下さい)

こうしてキーボードに触れているときでさえ
思い出して涙がにじみます。
さまざまな震災特集を見聞きしますが
これほど素直というか、子どもの親を偲ぶ言葉はありません。
私は4歳の時病気で父を亡くしました。
父のことはまったく覚えていません。
母は4人どもを抱え必死に生活していました。
その中で、
私は母にムリなことを言っていたと母に聞きました。
「なんでうちには父ちゃんがいないの?
ほかのうちには、いてなんで?」
父がいないことは
子どもの私に母はずいぶんと言って聞かせたらしいのですが、
ときどきワガママを言っていた・・・・。
母は、さみしい思いをさせまいとして
風呂屋をやりながら、
木曜日の定休日には、私を街の洋食屋へ連れて行ったり、
いとこ達との旅行に行かせたり・・・・。
いま考えると、ずいぶん迷惑をかけてしまいました。
普通家庭のイメージ。
両親がいて・・・・・、の前提がない中で育って行くのは、
片親にとって大変な思いをし続けたと思います。
私はまだ小さかったから
この作文で紹介された子どもさんの思いには至らなかった。
母や姉・兄たちからの情報が
擦り込まれてできたイメージです。
何度読んでも涙がにじみます。
今日の朝刊には、
1面に大きく「編集手帳」と写真が・・・・。
雪の降る中慰霊碑の前で寄り添う後ろ姿。
また、本紙には
亡くなった方への身内の追悼文が写真とともに・・・・。
これもつらかったです。
今日の午後2時46分。
私は、こうして生きていることへの感謝と
犠牲になられた方々への追悼と
被災にあわれたすべての方々への励ましのために
静かに手を合わせたいと思います。
孫達がやってきた
娘が、2月24日生まれの2番目の孫とともに
我が家へ養生しに・・・・。
むろん上の孫(2歳10ヶ月)も一緒です。

連れはにわかに忙しくなってきました。
これから約1ヶ月、我が家は大忙しです
(私の役目は、上の孫との入浴係)。

娘も連れも上の孫で経験済みなのですが
3年近く空いてしまうと勝手を忘れてときどき右往左往します。
風呂に入れるときには2人がかり。

夕食のあと
連れが娘と息子が生まれた頃のアルバムを持って来ました。
私が28歳、連れが26歳のころです。
いまふたりの孫を連れて帰っている
娘誕生の頃の写真は、とても懐かしいです。
上の孫が
アルバム中の2,3ヶ月の娘の写真をのぞき込み
「これだれ?」と聞きますので、
「かっか(お母さん)だよ」と言いますと、
「ちがう、これなおちゃん(今度生まれた孫)・・・」と否定するのには
大笑いしました。
まだ私も連れも若かった・・・・・。
35年も前の私たちがいます。
家族ってこうやって進化?して行くのですね。
親から子へ、そして孫へと、つながっていく・・・・。
(もちろん、この前に私たちの親から引き継いでいるのですが)
人生は自分のものとは申せ、
あとへ引き継ぐ役割もあるのだと思いました。
こんなふうに書けるのは気軽な?私だけで、
連れは、朝から晩まで娘、孫二人の面倒を見ておりますので、
感謝、感謝でまいりましょう~。
我が家へ養生しに・・・・。
むろん上の孫(2歳10ヶ月)も一緒です。

連れはにわかに忙しくなってきました。
これから約1ヶ月、我が家は大忙しです
(私の役目は、上の孫との入浴係)。

娘も連れも上の孫で経験済みなのですが
3年近く空いてしまうと勝手を忘れてときどき右往左往します。
風呂に入れるときには2人がかり。

夕食のあと
連れが娘と息子が生まれた頃のアルバムを持って来ました。
私が28歳、連れが26歳のころです。
いまふたりの孫を連れて帰っている
娘誕生の頃の写真は、とても懐かしいです。
上の孫が
アルバム中の2,3ヶ月の娘の写真をのぞき込み
「これだれ?」と聞きますので、
「かっか(お母さん)だよ」と言いますと、
「ちがう、これなおちゃん(今度生まれた孫)・・・」と否定するのには
大笑いしました。
まだ私も連れも若かった・・・・・。
35年も前の私たちがいます。
家族ってこうやって進化?して行くのですね。
親から子へ、そして孫へと、つながっていく・・・・。
(もちろん、この前に私たちの親から引き継いでいるのですが)
人生は自分のものとは申せ、
あとへ引き継ぐ役割もあるのだと思いました。
こんなふうに書けるのは気軽な?私だけで、
連れは、朝から晩まで娘、孫二人の面倒を見ておりますので、
感謝、感謝でまいりましょう~。
上杉謙信、東京駅に現る??
私の田舎(新潟県上越市)の
観光イベントが、東京駅構内で開かれるということで、
先日の日曜日の午前中行ってまいりました。
目的は、単に懐かしい田舎の雰囲気を味わいにではなく、
友人にあげる酒とお菓子を買いに、です。
東京駅はいつものように混雑していました。
中央地下通路、
「銀の鈴」の手前にイベントスペースがあり、
「新潟県上越市 桜ストリート 上越市の観光と物産展」が
開催されていました。
そこで
大きな声で呼び込みをしていたのが
「越後上越 上杉おもてなし武将隊」というグループ。
高田の人とは思えない、大きな声でした。
どちらかというと、
恥ずかしそうに振る舞うのがキャラだといまも思うのですが・・・。
カメラを向けていたら
愛想良くポーズを作ってくれました。

郷土の偉人、
あの上杉謙信公が東京駅でこんなに明るく振る舞っておられました。
越後から北陸、関東まで攻め込んだかの公が
わずか10人ほどの手勢で、北条のみならず江戸城まで・・・・。
こちらの方が恥ずかしくて
腰が引けましたが、買うものは買わなくては・・・・。


酒蔵組合が地酒を売っておりまして
小さな小瓶3本で、1,000円ということで
2セット買いました。
地元以外なら少し笑われるかもしれませんが
スキー正宗(武蔵野酒蔵)という伝統あるお酒
(明治44年日本で初めてスキーが伝えられた高田にちなみ)も
買いました。


行き交う乗降客は、高田以外の方が多いので
私のようにただ懐かしく近寄っていく人はそういません。
でも、中には、興味深そうに覗く人もいて
私は離れてずっと見ておりました。
8年近くも客商売の仕事をしていたので、
こう言うイベントの客の様子が気になりってしまいます。

私は物販の女性に、
「高田の方ですか?私高田の仲町二丁目なんですけど・・・」と尋ねたら
「私は春日山です。でも、あのやすね(料亭)の近くなら分かりますよ・・・」と
会話が続きます。どことなく高田の言葉のトーンです。
うれしいですね。
東京へ出てきて半世紀近くになるのに・・・・。
石川啄木の
「ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」を思い出します。
ここで買ったお酒とお菓子を翌夕、友人に渡しました。
その彼は、大きな会社の偉い方ですが、
ニヤニヤしながら受け取ってくれました。
もちろん一杯飲みながらですが・・・・・。
自宅のお酒はまだ手つかずです。
もったいなくて、飲めません。
観光イベントが、東京駅構内で開かれるということで、
先日の日曜日の午前中行ってまいりました。
目的は、単に懐かしい田舎の雰囲気を味わいにではなく、
友人にあげる酒とお菓子を買いに、です。
東京駅はいつものように混雑していました。
中央地下通路、
「銀の鈴」の手前にイベントスペースがあり、
「新潟県上越市 桜ストリート 上越市の観光と物産展」が
開催されていました。
そこで
大きな声で呼び込みをしていたのが
「越後上越 上杉おもてなし武将隊」というグループ。
高田の人とは思えない、大きな声でした。
どちらかというと、
恥ずかしそうに振る舞うのがキャラだといまも思うのですが・・・。
カメラを向けていたら
愛想良くポーズを作ってくれました。

郷土の偉人、
あの上杉謙信公が東京駅でこんなに明るく振る舞っておられました。
越後から北陸、関東まで攻め込んだかの公が
わずか10人ほどの手勢で、北条のみならず江戸城まで・・・・。
こちらの方が恥ずかしくて
腰が引けましたが、買うものは買わなくては・・・・。


酒蔵組合が地酒を売っておりまして
小さな小瓶3本で、1,000円ということで
2セット買いました。
地元以外なら少し笑われるかもしれませんが
スキー正宗(武蔵野酒蔵)という伝統あるお酒
(明治44年日本で初めてスキーが伝えられた高田にちなみ)も
買いました。


行き交う乗降客は、高田以外の方が多いので
私のようにただ懐かしく近寄っていく人はそういません。
でも、中には、興味深そうに覗く人もいて
私は離れてずっと見ておりました。
8年近くも客商売の仕事をしていたので、
こう言うイベントの客の様子が気になりってしまいます。

私は物販の女性に、
「高田の方ですか?私高田の仲町二丁目なんですけど・・・」と尋ねたら
「私は春日山です。でも、あのやすね(料亭)の近くなら分かりますよ・・・」と
会話が続きます。どことなく高田の言葉のトーンです。
うれしいですね。
東京へ出てきて半世紀近くになるのに・・・・。
石川啄木の
「ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」を思い出します。
ここで買ったお酒とお菓子を翌夕、友人に渡しました。
その彼は、大きな会社の偉い方ですが、
ニヤニヤしながら受け取ってくれました。
もちろん一杯飲みながらですが・・・・・。
自宅のお酒はまだ手つかずです。
もったいなくて、飲めません。
2番目の孫、誕生!
いつものように、
小椋佳の曲を聴きながら風呂に入り、
パジャマに着替えて、居間へ入って行きましたら、
連れが黙って立っています。
連れ「E子(娘)、生まれそうで、病院へ行ったわ。
いま電話があった・・・・」。
私「・・・・・・・」
連れ「さぁ、行くわよ!」
時間は22:40分でありました。
そろそろ生まれるかも、という1週間でありました。
前回は、我が家の近くの大病院で出産しました。
今回は、娘宅の近くの小さな産院です。
前回産気づいて病院へ入ってから27時間、
大変な目に遭いましたので、連れも娘も心配でした。
まして息子(2歳10ヶ月)がいるのですから・・・・。
今回は、
連れも心配ながら嫁ぎ先近くの病院にさせましたので
臨場感がなく、却って不安が募ります。
我が家のというよりも私の方針で、
「その時、どう動くか」マニュアルを作っておりました。
いま22時40分なら、電車に乗って、行けるかどうか?
朝なら電車も多いし、即応できますが、夜も遅いと・・・・・。
そこで連れは、テーブルにこの紙を取り出しました。
私が3日前に作成したものです。

23:01の電車に乗れば、病院の下車駅に23:52に到着です。
歩いて15分ですから、
タクシーにたくさん並んでいれば徒歩で行けます。
(最終電車近いのでタクシー乗り場には40人ほど並んでいました)
私は風呂上がりのパジャマから出かける用意をしました。
汗がまだひいていません。湯冷めの危険があります。
ふたり玄関から出たのは、22:50。
わずか10分で用意が完了です。
この段取りの良さは、40年暮らしてきた呼吸の成果?だと思います。
(結婚して、連れに与えたただ一つの私流です)
金曜日の夜遅い電車は、酔っ払いが多いです(昔は私も)。
電車を乗り継ぎ、病院へ着いたのは24:05でした。
ダンナの車が駐車場にありました。
病院の玄関のブザーを押してしばらく待つと、
娘のダンナが顔を出しました。
「お母さん(連れのこと)、20分前に、生まれました!」
連れ「ええっ~、それで大丈夫なの?」
最初の子の時が、超超!難産でしたので、
連れと私は、にわかには信じられない顔つきでした。
2階の待合室のソファに腰を掛けて話を聞きました。
娘は昨日の午後から予兆を感じていたものの、
ちゃんと夕ご飯を食べ、子どもと風呂に入り、
ダンナが帰宅した10時近くになって、にわかに陣痛が・・・・。
で、すべて用意してあったので、ダンナの車で息子も連れて病院へ。
息子を寝かせるため、
ダンナはいったん自宅に戻り、隣の母(ダンナの)に預けて、また病院へ。
そうしたら、生まれていた(つまり娘は一人で産んだ)・・・・。
私たち夫婦が、夜中に着いたのはその直後だったのです。
その日は出産が多く、
(娘は3月上旬の予約だったので)病室がありません。
なんと畳2畳半ほどの畳の部屋で親子の対面をしておりました。
連れは声が出ない様子でした。
前回大変で、家に戻ってきたとき、私の手を握って泣いたのです・・・・。
こんなに
スムーズに生まれるとは思いませんでした。
朝方まで待つことになると覚悟していたのです。
デジカメも持って行かないので
ブレながら携帯電話で撮ったたった一枚の写真です。
今度はちゃんとEOSで撮るからね。

病院からダンナに自宅まで送ってもらい
玄関を開けたのは今日の午前2時半でした・・・・・。
今どきの産院は
3,4日で出されるので、月曜には退院?とか。
我が家には、月曜夜から
娘と息子、そして今度生まれた女の子がやってきます。
連れの張り切りようが目に見えます。
ありがたいですねぇ、母親(ババさま)は・・・・・。
ジジさまは、せいぜい帰宅後に
「子どもがえり」をするだろう孫Tくんの面倒を見ることになります。
さぁ、またジジさまとYouTubeで電車を見ようね。
(娘たちは3月末か4月上旬まで在宅らしいです・・・・。
うれしい悲鳴、かな?)
ああ、安産でホッとしました・・・。
小椋佳の曲を聴きながら風呂に入り、
パジャマに着替えて、居間へ入って行きましたら、
連れが黙って立っています。
連れ「E子(娘)、生まれそうで、病院へ行ったわ。
いま電話があった・・・・」。
私「・・・・・・・」
連れ「さぁ、行くわよ!」
時間は22:40分でありました。
そろそろ生まれるかも、という1週間でありました。
前回は、我が家の近くの大病院で出産しました。
今回は、娘宅の近くの小さな産院です。
前回産気づいて病院へ入ってから27時間、
大変な目に遭いましたので、連れも娘も心配でした。
まして息子(2歳10ヶ月)がいるのですから・・・・。
今回は、
連れも心配ながら嫁ぎ先近くの病院にさせましたので
臨場感がなく、却って不安が募ります。
我が家のというよりも私の方針で、
「その時、どう動くか」マニュアルを作っておりました。
いま22時40分なら、電車に乗って、行けるかどうか?
朝なら電車も多いし、即応できますが、夜も遅いと・・・・・。
そこで連れは、テーブルにこの紙を取り出しました。
私が3日前に作成したものです。

23:01の電車に乗れば、病院の下車駅に23:52に到着です。
歩いて15分ですから、
タクシーにたくさん並んでいれば徒歩で行けます。
(最終電車近いのでタクシー乗り場には40人ほど並んでいました)
私は風呂上がりのパジャマから出かける用意をしました。
汗がまだひいていません。湯冷めの危険があります。
ふたり玄関から出たのは、22:50。
わずか10分で用意が完了です。
この段取りの良さは、40年暮らしてきた呼吸の成果?だと思います。
(結婚して、連れに与えたただ一つの私流です)
金曜日の夜遅い電車は、酔っ払いが多いです(昔は私も)。
電車を乗り継ぎ、病院へ着いたのは24:05でした。
ダンナの車が駐車場にありました。
病院の玄関のブザーを押してしばらく待つと、
娘のダンナが顔を出しました。
「お母さん(連れのこと)、20分前に、生まれました!」
連れ「ええっ~、それで大丈夫なの?」
最初の子の時が、超超!難産でしたので、
連れと私は、にわかには信じられない顔つきでした。
2階の待合室のソファに腰を掛けて話を聞きました。
娘は昨日の午後から予兆を感じていたものの、
ちゃんと夕ご飯を食べ、子どもと風呂に入り、
ダンナが帰宅した10時近くになって、にわかに陣痛が・・・・。
で、すべて用意してあったので、ダンナの車で息子も連れて病院へ。
息子を寝かせるため、
ダンナはいったん自宅に戻り、隣の母(ダンナの)に預けて、また病院へ。
そうしたら、生まれていた(つまり娘は一人で産んだ)・・・・。
私たち夫婦が、夜中に着いたのはその直後だったのです。
その日は出産が多く、
(娘は3月上旬の予約だったので)病室がありません。
なんと畳2畳半ほどの畳の部屋で親子の対面をしておりました。
連れは声が出ない様子でした。
前回大変で、家に戻ってきたとき、私の手を握って泣いたのです・・・・。
こんなに
スムーズに生まれるとは思いませんでした。
朝方まで待つことになると覚悟していたのです。
デジカメも持って行かないので
ブレながら携帯電話で撮ったたった一枚の写真です。
今度はちゃんとEOSで撮るからね。

病院からダンナに自宅まで送ってもらい
玄関を開けたのは今日の午前2時半でした・・・・・。
今どきの産院は
3,4日で出されるので、月曜には退院?とか。
我が家には、月曜夜から
娘と息子、そして今度生まれた女の子がやってきます。
連れの張り切りようが目に見えます。
ありがたいですねぇ、母親(ババさま)は・・・・・。
ジジさまは、せいぜい帰宅後に
「子どもがえり」をするだろう孫Tくんの面倒を見ることになります。
さぁ、またジジさまとYouTubeで電車を見ようね。
(娘たちは3月末か4月上旬まで在宅らしいです・・・・。
うれしい悲鳴、かな?)
ああ、安産でホッとしました・・・。
24年ぶりの台所改装へ その2
今夕、台所の工事ガ終わったと連れからの電話。
さてさて、どんなふうになったのかと
楽しみに帰宅いたしました。
第一声
連れ「まだ使えないのよ!
シール材が乾かないうちは水を出さないで、だって。」
私「乾燥させるには時間がいるからね・・・・」
連れ「だったら、最初からそう言えば良いのにね。」
私「明日23日から使えるって、最初言っていたじゃん~」
連れ「・・・・」
と言っておりましたが、
まんざらじゃないような気分が伺えました。
引出をひとつひとつ開け、
また最大の売り?である「掃除のいらない換気扇」まで
丁寧にご説明いただきました。
仕組みは分かりませんが
手のかかった油汚れのヒドイ換気扇の掃除が
これでずいぶん楽になる・・・
その恩恵を受けるのは、私自身であります。

食卓の話題は、
新婚当時(昭和47年)の
南阿佐ヶ谷・家賃3万円かなりくたびれたアパートから始まり、
広島の社宅、岡山の小さな借り上げ住宅、
桜上水社宅の台所から、中古マンション購入時の所沢の家の台所まで
話が尽きませんでした。結婚40年の記念もあと2ヶ月です。
結婚したては、
名曲♫「神田川」♫の世界のようなスタートでした・・・・。
まだ、
鍋・釜、味噌・醤油、フライパン、調味料に至るまで
和室に置いているので、台所風景は中途半端ですが、
女性にとっては、台所はわが城。
どうかこれからも、
「安全第一・整理整頓」でお願いいたします。
見たところあまり変化がないようですが
とても立派です。

何となく連れが若返ったような気がいたしました。
いえ、マジ顔つきが明るく軽やかになったような??気がいたします。

ちゃんと改装前の動線になるには、少し時間がかかるでしょうね。
せっかちな私としては
1日も早く、元通りにしたいのですが、
ここはググッと堪えて、
「台所ではあんたが大将!」と密かにつぶやき、見守ります。
(訂正、台所以外でも、いつでもどこでも連れは「大将」でございます)
ところで、
これまで石油ファンヒーターを暖房としていましたが
都市ガスを引いたので、この際にガスに切り替えました。
でも万が一のために、石油ファンヒータは残しました。
それに、
娘の2子目の出産も今週末か来週になりそう。
台所の整備よりも、そちらの方が大事ゆえ、
いままさに我が家は臨戦態勢に入りました。
無事の出産を祈るだけです・・・・・・。
終わり
さてさて、どんなふうになったのかと
楽しみに帰宅いたしました。
第一声
連れ「まだ使えないのよ!
シール材が乾かないうちは水を出さないで、だって。」
私「乾燥させるには時間がいるからね・・・・」
連れ「だったら、最初からそう言えば良いのにね。」
私「明日23日から使えるって、最初言っていたじゃん~」
連れ「・・・・」
と言っておりましたが、
まんざらじゃないような気分が伺えました。
引出をひとつひとつ開け、
また最大の売り?である「掃除のいらない換気扇」まで
丁寧にご説明いただきました。
仕組みは分かりませんが
手のかかった油汚れのヒドイ換気扇の掃除が
これでずいぶん楽になる・・・
その恩恵を受けるのは、私自身であります。

食卓の話題は、
新婚当時(昭和47年)の
南阿佐ヶ谷・家賃3万円かなりくたびれたアパートから始まり、
広島の社宅、岡山の小さな借り上げ住宅、
桜上水社宅の台所から、中古マンション購入時の所沢の家の台所まで
話が尽きませんでした。結婚40年の記念もあと2ヶ月です。
結婚したては、
名曲♫「神田川」♫の世界のようなスタートでした・・・・。
まだ、
鍋・釜、味噌・醤油、フライパン、調味料に至るまで
和室に置いているので、台所風景は中途半端ですが、
女性にとっては、台所はわが城。
どうかこれからも、
「安全第一・整理整頓」でお願いいたします。
見たところあまり変化がないようですが
とても立派です。

何となく連れが若返ったような気がいたしました。
いえ、マジ顔つきが明るく軽やかになったような??気がいたします。

ちゃんと改装前の動線になるには、少し時間がかかるでしょうね。
せっかちな私としては
1日も早く、元通りにしたいのですが、
ここはググッと堪えて、
「台所ではあんたが大将!」と密かにつぶやき、見守ります。
(訂正、台所以外でも、いつでもどこでも連れは「大将」でございます)
ところで、
これまで石油ファンヒーターを暖房としていましたが
都市ガスを引いたので、この際にガスに切り替えました。
でも万が一のために、石油ファンヒータは残しました。
それに、
娘の2子目の出産も今週末か来週になりそう。
台所の整備よりも、そちらの方が大事ゆえ、
いままさに我が家は臨戦態勢に入りました。
無事の出産を祈るだけです・・・・・・。
終わり
24年ぶりの台所改装へ その1
いろいろな台所の不都合が重なって
とうとう、と言うか、ようやく、と申しますか、
我が家の台所をリニューアルする事になりました。
ここまでの経緯は、
話せば長くなりますので割愛いたしますが、
家を新築して以来の大工事?であります。
メーカーのモデルルームへ行き、説明を受けたのですが
私たち夫婦にとっては、
浦島太郎のような思いで、感動?しました。
換気扇を
自動的に掃除してくれるが一番ショックで、
みんな引出(観音開きはなく)で収納スペースが驚きの広さ。
まさに隔世の感があります。
いままでプロパンガスだったのですが
数年前に道路下にガス管がひかれ、
向かいも隣もみな都市ガスになりました。
数年前から、
今度台所をいじるときには都市ガスに、が夫婦の暗黙知。
で、引き込み作業も加わり(予算が逼迫)悩みました・・・・・・。
値段の取り決めは
義理立て、遠慮する私よりも、連れの方がかなり強い・・・・。
何とか想定予算に納めてもらえそうで着工と相成りました。
これがこれまでの状況。


その台所で連れが最後の片付け作業をしております。

解体撤去に1日。
水とガスの盛り変え作業に1日かかりました。
そして新築本体工事のときに逆戻り。


いやはや大変であります。
何せ台所が使えない日が4日もあるのですから・・・・。
ふだん台所で
水とガスを使えるありがたさを再認識した日々でありました。
続く
とうとう、と言うか、ようやく、と申しますか、
我が家の台所をリニューアルする事になりました。
ここまでの経緯は、
話せば長くなりますので割愛いたしますが、
家を新築して以来の大工事?であります。
メーカーのモデルルームへ行き、説明を受けたのですが
私たち夫婦にとっては、
浦島太郎のような思いで、感動?しました。
換気扇を
自動的に掃除してくれるが一番ショックで、
みんな引出(観音開きはなく)で収納スペースが驚きの広さ。
まさに隔世の感があります。
いままでプロパンガスだったのですが
数年前に道路下にガス管がひかれ、
向かいも隣もみな都市ガスになりました。
数年前から、
今度台所をいじるときには都市ガスに、が夫婦の暗黙知。
で、引き込み作業も加わり(予算が逼迫)悩みました・・・・・・。
値段の取り決めは
義理立て、遠慮する私よりも、連れの方がかなり強い・・・・。
何とか想定予算に納めてもらえそうで着工と相成りました。
これがこれまでの状況。


その台所で連れが最後の片付け作業をしております。

解体撤去に1日。
水とガスの盛り変え作業に1日かかりました。
そして新築本体工事のときに逆戻り。


いやはや大変であります。
何せ台所が使えない日が4日もあるのですから・・・・。
ふだん台所で
水とガスを使えるありがたさを再認識した日々でありました。
続く
ジワッと効いてきた I Will Always Love You
48歳で早世した希代のシンガー、ホイットニー・ヒューストン。
その葬儀の模様をニュースで見ていました。
映画「ボディガード」で共演した
ケヴィン・コスナーが弔辞を読んでいるのを見ると
この映画を見てから、もう20年も経っているのか・・と
感慨深い気落ちになりました。
私、46歳ですものね、若かったなぁ~。
まだジョンやヨーコとの出会いも想像出来なかった・・・・。
2階の書斎に戻り、
パソコンでYouTubeでホイットニーの曲を探し出しては
ずっと聴いていました。
アクセス数 25,531,791回もの画像や、
モノクロの写真と歌詞が何とも言われる感動を与えてくれたもの。
例えば、



なんだか目がウルウルしてきて・・・・。
何気なく横の小さな画像を見たら
36,815,822回もアクセスされている6歳の女の子が歌うシーン。
http://www.youtube.com/watch?v=IOfKAPGfd6k&feature=related
Connie ちゃんという方ですが、すごいなぁ~。
この子が最初にTVに出たのが
英国TVオーディション番組「Britain's got talent」だそうで、
今度はそっちにひかれて、またクリック。
http://www.youtube.com/watch?v=y68JoxCkc1Q&feature=related
いやはや
ホイットニー追悼の気持ちよりも
興味がどんどんそれてしまう日曜日の朝でした。
私はこの世に何を残せるだろう・・・・・。
プラモデルの戦車60台余とリバプールの写真、
今度行く英国「戦車博物館」の記録だけでは、
連れに「勝手にしたら・・・」と一蹴されますなぁ~。
やはり連れには、私と過ごした時間と
こども達には、父親としての思い出だけですか・・・・。
I Will Always Love You
その葬儀の模様をニュースで見ていました。
映画「ボディガード」で共演した
ケヴィン・コスナーが弔辞を読んでいるのを見ると
この映画を見てから、もう20年も経っているのか・・と
感慨深い気落ちになりました。
私、46歳ですものね、若かったなぁ~。
まだジョンやヨーコとの出会いも想像出来なかった・・・・。
2階の書斎に戻り、
パソコンでYouTubeでホイットニーの曲を探し出しては
ずっと聴いていました。
アクセス数 25,531,791回もの画像や、
モノクロの写真と歌詞が何とも言われる感動を与えてくれたもの。
例えば、



なんだか目がウルウルしてきて・・・・。
何気なく横の小さな画像を見たら
36,815,822回もアクセスされている6歳の女の子が歌うシーン。
http://www.youtube.com/watch?v=IOfKAPGfd6k&feature=related
Connie ちゃんという方ですが、すごいなぁ~。
この子が最初にTVに出たのが
英国TVオーディション番組「Britain's got talent」だそうで、
今度はそっちにひかれて、またクリック。
http://www.youtube.com/watch?v=y68JoxCkc1Q&feature=related
いやはや
ホイットニー追悼の気持ちよりも
興味がどんどんそれてしまう日曜日の朝でした。
私はこの世に何を残せるだろう・・・・・。
プラモデルの戦車60台余とリバプールの写真、
今度行く英国「戦車博物館」の記録だけでは、
連れに「勝手にしたら・・・」と一蹴されますなぁ~。
やはり連れには、私と過ごした時間と
こども達には、父親としての思い出だけですか・・・・。
I Will Always Love You
行くぞ!「英国ひとり旅」 計画 その2
気合いは入っているのですが、
ホテル探しに苦労していました。
電車で片道2時間40分の
「戦車博物館」は日帰り、と言うことで決定。
往復の電車の切符は、
ロンドン在住のEさんにお願いできたのはいいのですが・・・・。
ところが、
なかなか私の希望に添うホテルが決まらないのです。
旅行代理店に
航空券とセットのパックを依頼すれば済むのでしょうが、
ひとり部屋、バスタブあり、朝食付、
地下鉄に近い、Euston駅-Waterloo駅のエリアで、
コンビニもそばにある、
団体客主体ではない、などなど要望(ワガママ?)が多い・・・・・。
コンビニが必要なのは、
ビールやソフトドリンクも気軽に買えますし、
弁当なども売っているので、食事代を抑えるため。
安いと思ったらシャワーだけとか、
現地情報だと、選びたくないホテルのワースト3だとか。
ホテルは夜寝るだけとは言え、
やはりある程度の快適さは欲しいし・・・・。
ああ、どうしよう、と悩むこと3週間。
もうこれでいいや!、と半ば捨て鉢?で
やっと決めました。
リバプールへの始発駅Eustonへ徒歩7,8分で行けるホテル。
予算は約22%オーバーです
(これではますますコンビニ弁当になりますねぇ)。
バスタブ・朝食込みで同じホテル計5泊ですから
ホテルライフも楽しまなければ、と言いながら
いまロンドン中程のホテルはオリンピックのこともあり
高いのでやむを得ません。
シャワーだけだと、
ぐんとお安くなるので、
それにしたら?と言う方もいましたが、
育ちが風呂屋ゆえ、どうも肩まで浸かって
足を伸ばさないと1日が終わらない・・・・。
風呂嫌いの方のほうが、経済的かも。
60半ばを超えていますので、
私のようなブロークンしか話せない者は、
無口でも必要なものが買えなければなりません。
コンビニなら、
レジに品物を持って行き、
小銭でなくお札を出せば、黙っておつりをくれますし。
ああ、
大都会ロンドンの中で私は大丈夫なのでしょうか・・・。
もちろん田舎町woolでもリバプールでも同じですけど。
残りはあと、
戦車博物館とリバプールまでの往復切符の入手です。
ロンドンのEさん、よろしくお願いいたしま~す!
一緒に飲むのを楽しみにしていま~す。
リバプールではMendipsやキャヴァーンも行きましょうね。
店で作ったMendipsの模型も、
Liverpool Museumでの再会も楽しみです。
これが人生最後の英国旅ですもんね・・・・。


続く
ホテル探しに苦労していました。
電車で片道2時間40分の
「戦車博物館」は日帰り、と言うことで決定。
往復の電車の切符は、
ロンドン在住のEさんにお願いできたのはいいのですが・・・・。
ところが、
なかなか私の希望に添うホテルが決まらないのです。
旅行代理店に
航空券とセットのパックを依頼すれば済むのでしょうが、
ひとり部屋、バスタブあり、朝食付、
地下鉄に近い、Euston駅-Waterloo駅のエリアで、
コンビニもそばにある、
団体客主体ではない、などなど要望(ワガママ?)が多い・・・・・。
コンビニが必要なのは、
ビールやソフトドリンクも気軽に買えますし、
弁当なども売っているので、食事代を抑えるため。
安いと思ったらシャワーだけとか、
現地情報だと、選びたくないホテルのワースト3だとか。
ホテルは夜寝るだけとは言え、
やはりある程度の快適さは欲しいし・・・・。
ああ、どうしよう、と悩むこと3週間。
もうこれでいいや!、と半ば捨て鉢?で
やっと決めました。
リバプールへの始発駅Eustonへ徒歩7,8分で行けるホテル。
予算は約22%オーバーです
(これではますますコンビニ弁当になりますねぇ)。
バスタブ・朝食込みで同じホテル計5泊ですから
ホテルライフも楽しまなければ、と言いながら
いまロンドン中程のホテルはオリンピックのこともあり
高いのでやむを得ません。
シャワーだけだと、
ぐんとお安くなるので、
それにしたら?と言う方もいましたが、
育ちが風呂屋ゆえ、どうも肩まで浸かって
足を伸ばさないと1日が終わらない・・・・。
風呂嫌いの方のほうが、経済的かも。
60半ばを超えていますので、
私のようなブロークンしか話せない者は、
無口でも必要なものが買えなければなりません。
コンビニなら、
レジに品物を持って行き、
小銭でなくお札を出せば、黙っておつりをくれますし。
ああ、
大都会ロンドンの中で私は大丈夫なのでしょうか・・・。
もちろん田舎町woolでもリバプールでも同じですけど。
残りはあと、
戦車博物館とリバプールまでの往復切符の入手です。
ロンドンのEさん、よろしくお願いいたしま~す!
一緒に飲むのを楽しみにしていま~す。
リバプールではMendipsやキャヴァーンも行きましょうね。
店で作ったMendipsの模型も、
Liverpool Museumでの再会も楽しみです。
これが人生最後の英国旅ですもんね・・・・。


続く
この下に高田あり
田舎(新潟県上越市)の長兄から
積雪と除雪の写真が送られてきました。
まさに「この下に 高田あり」の様子です。
メールでは、
「1月31日に雪害対策本部が招集され、
高田市内はこの3~5日
(南本町1~3丁目、本町・大町1~3丁目や大手町、稲田、北本町など)
狭い通りの全戸が一斉に雪下ろし。そして6日には排雪など大変・・・・」
と書かれてありました。
長兄宅玄関と庭の様子です。

玄関周りをならしたのが分かります。

目抜き通りはこんな感じ。

機械力を動員して一斉に排雪。

青春時代の冬は、こんな感じだったのですね。
みんな人力だったけど。
「道に迷って・・・・♫」なんて歌っている場合じゃなかった・・・・。
ひたすら雪下ろしの毎日。
加湿器なんてその存在もなかったです。
家中が冷蔵庫の内部のよう・・・・。
暖房と言えば、火鉢と豆炭あんかとずっと後から灯油ストーブ。
寒かったなぁ~。
いまは夢のようです。ありがたいです。
積雪と除雪の写真が送られてきました。
まさに「この下に 高田あり」の様子です。
メールでは、
「1月31日に雪害対策本部が招集され、
高田市内はこの3~5日
(南本町1~3丁目、本町・大町1~3丁目や大手町、稲田、北本町など)
狭い通りの全戸が一斉に雪下ろし。そして6日には排雪など大変・・・・」
と書かれてありました。
長兄宅玄関と庭の様子です。

玄関周りをならしたのが分かります。

目抜き通りはこんな感じ。

機械力を動員して一斉に排雪。

青春時代の冬は、こんな感じだったのですね。
みんな人力だったけど。
「道に迷って・・・・♫」なんて歌っている場合じゃなかった・・・・。
ひたすら雪下ろしの毎日。
加湿器なんてその存在もなかったです。
家中が冷蔵庫の内部のよう・・・・。
暖房と言えば、火鉢と豆炭あんかとずっと後から灯油ストーブ。
寒かったなぁ~。
いまは夢のようです。ありがたいです。
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